それは、小学生の出来事。
学校から帰る私は意気揚々と歩いていた。テストで満点を取ったことをいち早く家族に伝えたくて、少し駆け足になっている。
「あ、この花キレイだな」
ふと足元に咲いている花に目を止めた。背負っているランドセルみたいな花の色がかわいく見えたんだ。
だから、押し花にでもしようと思って、つい手を取ってみたくなった。
......でも、今日のところはいいだろう。明日も明後日も咲いているだろうし、それよりもテストの報告が先だから。
その花の名前はーー彼岸花。
ヒガンバナ科ヒガンバナ属に類する、秋を代表する花のひとつだ。
古来から俳句や文学の対象として親しまれてきた。
開花の時期になると、絵画のような華やかさを持つ花を咲かせる。まるで画用紙の一面に散りばめるよう。
あの鮮やかな色合いはどこかで見たことがあった。ああ、そうだ。この間工作の授業で習った気がする、赤い絵の具に黄色を少し差して鮮やかな色を作り出したことがあったんだ。
緋色。またの名を、"スカーレット"。
その光景を美しいと思う人もいるだろう。でも、彼岸花には決して手に触れてはいけない。
その赤い姿が、私の視界を覆いつくすなんて思いもしなかった。
もし、このとき持って帰っていたらどうなっただろうか......。
「どうして......」
私はそうつぶやきながら、呆然と立ち尽くしていた。
訳も分からないまま目の前に広がる炎を見ているしかなかった。私の家が燃えているのだ。どうしてなんだろう?
たしかにこの辺の住宅は地域特有の木造住宅が立ち並んでいるし、不審者の情報も聞いたことがあったけれど。
だからと言って、この事態を飲み込めることなんてできやしない。
どれだけの時間が経っただろうか。
やっとあふれ出した涙が、悲壮感を私に気づかせてくれる。野次馬の中を無理やり押しのけて、その場を脱出した。
どこへ行こうか、どこへだってかまわない。
サイズの合わない小さな靴が脚に悪いのはわかっている、それでも必死で動かした。前へ、前へと。今度新しいのを買おうね、というお母さんの言葉が頭によみがえる。......週末が楽しみだったのに。
身体を包み込んでいる秋の空気を感じる余裕はもはやなかった。
何も考えられない私は、当てもなく走り去った。
まったく前を見ていなかったから慌てて転びそうになった。
前のめりになった私を受け止めてくれたのは、親戚のおばさんだった。
・・・
それから、私は親戚の家に引き取られた。
住んでいる場所の兼ね合いがあって、進級するとともに今までの小学校を離れていく。新しい環境に少しずつ慣れていくしかなかった。
ある日、ベッドに潜り込んでもなかなか寝られない日があった。
ずっと考え込んでしまう。
火事のあった日のことは今でも忘れられない。それでも、自分ひとり生き残ったのは、なぜなんだろう。
思いつくのはたった少しの会話だった。
「......この本借りるの? 僕が読み終わるまで待ってくれるかな」
小学校の図書館でそう声をかけてくれたから。私はあの子の前に座り、下校時間になるまでずっと待っていた。
「......はい、どうぞ。ずっと待たせてごめんね」
「いいよ、テストで満点を取ったご褒美に今日借りたかったから。そうだ、君の名前は?」
「佐伯だよ」
「そうなんだ。私はリコ。大城 リコだよ」
......佐伯くん、ありがとう! 私はそう告げて、カウンターで借りる手続きをした。
オレンジ色をした夕焼けの空がきらめいているのを、今でも忘れられない。
いつか会えるかな。
淡い期待を抱きつつ、私は眠りについた。
もしかしたら、不幸な私を救うのは新しい恋かもしれない......。
この出来事を、やっと打ち明けるときがやってくるーー。
学校から帰る私は意気揚々と歩いていた。テストで満点を取ったことをいち早く家族に伝えたくて、少し駆け足になっている。
「あ、この花キレイだな」
ふと足元に咲いている花に目を止めた。背負っているランドセルみたいな花の色がかわいく見えたんだ。
だから、押し花にでもしようと思って、つい手を取ってみたくなった。
......でも、今日のところはいいだろう。明日も明後日も咲いているだろうし、それよりもテストの報告が先だから。
その花の名前はーー彼岸花。
ヒガンバナ科ヒガンバナ属に類する、秋を代表する花のひとつだ。
古来から俳句や文学の対象として親しまれてきた。
開花の時期になると、絵画のような華やかさを持つ花を咲かせる。まるで画用紙の一面に散りばめるよう。
あの鮮やかな色合いはどこかで見たことがあった。ああ、そうだ。この間工作の授業で習った気がする、赤い絵の具に黄色を少し差して鮮やかな色を作り出したことがあったんだ。
緋色。またの名を、"スカーレット"。
その光景を美しいと思う人もいるだろう。でも、彼岸花には決して手に触れてはいけない。
その赤い姿が、私の視界を覆いつくすなんて思いもしなかった。
もし、このとき持って帰っていたらどうなっただろうか......。
「どうして......」
私はそうつぶやきながら、呆然と立ち尽くしていた。
訳も分からないまま目の前に広がる炎を見ているしかなかった。私の家が燃えているのだ。どうしてなんだろう?
たしかにこの辺の住宅は地域特有の木造住宅が立ち並んでいるし、不審者の情報も聞いたことがあったけれど。
だからと言って、この事態を飲み込めることなんてできやしない。
どれだけの時間が経っただろうか。
やっとあふれ出した涙が、悲壮感を私に気づかせてくれる。野次馬の中を無理やり押しのけて、その場を脱出した。
どこへ行こうか、どこへだってかまわない。
サイズの合わない小さな靴が脚に悪いのはわかっている、それでも必死で動かした。前へ、前へと。今度新しいのを買おうね、というお母さんの言葉が頭によみがえる。......週末が楽しみだったのに。
身体を包み込んでいる秋の空気を感じる余裕はもはやなかった。
何も考えられない私は、当てもなく走り去った。
まったく前を見ていなかったから慌てて転びそうになった。
前のめりになった私を受け止めてくれたのは、親戚のおばさんだった。
・・・
それから、私は親戚の家に引き取られた。
住んでいる場所の兼ね合いがあって、進級するとともに今までの小学校を離れていく。新しい環境に少しずつ慣れていくしかなかった。
ある日、ベッドに潜り込んでもなかなか寝られない日があった。
ずっと考え込んでしまう。
火事のあった日のことは今でも忘れられない。それでも、自分ひとり生き残ったのは、なぜなんだろう。
思いつくのはたった少しの会話だった。
「......この本借りるの? 僕が読み終わるまで待ってくれるかな」
小学校の図書館でそう声をかけてくれたから。私はあの子の前に座り、下校時間になるまでずっと待っていた。
「......はい、どうぞ。ずっと待たせてごめんね」
「いいよ、テストで満点を取ったご褒美に今日借りたかったから。そうだ、君の名前は?」
「佐伯だよ」
「そうなんだ。私はリコ。大城 リコだよ」
......佐伯くん、ありがとう! 私はそう告げて、カウンターで借りる手続きをした。
オレンジ色をした夕焼けの空がきらめいているのを、今でも忘れられない。
いつか会えるかな。
淡い期待を抱きつつ、私は眠りについた。
もしかしたら、不幸な私を救うのは新しい恋かもしれない......。
この出来事を、やっと打ち明けるときがやってくるーー。