フェリシアが騎士好きになった理由は幼少期にある。お転婆過ぎて使用人の手に負えなくなったフェリシアの遊び相手はもっぱら騎士たちだった。父の付き添いで城に来ることが多く、フェリシアは城の騎士団に所属する騎士たちと毎日のように遊んでいた。
体力のある騎士たちは走り回るフェリシアと対等に遊ぶことができた。どの騎士も優しくて強い。ものすごく楽しかった思い出しかない。幼いフェリシアが騎士を好きになるのは自然なことだった。
幼少期のフェリシアは騎士たちにこれでもかというほど溺愛されていたのだが、無論騎士たちは公爵令嬢フェリシアという肩書を考えて節度を保って接していただけだった。
そして、フェリシアは幼少期の思い出を胸に、そのまま大人になった。フェリシアの頭の中にあるのはあの頃の優しくて強い騎士のことばかり。大人になってもその幻想は消えることなく生き続けていた。
「フェリシア、時間ができたら連絡するよ。でも少し時間をあけるからね。君といると目立ってしまうから。」
騎士の稽古を見学するとき、フェリシアはいつも変装している。今日はとんでもなく大きな帽子をかぶって質素なワンピースを着ているが、その前はどこの国ともわからない独創的な柄のドレスを着て顔を布で覆っていた。髪の毛を奇抜な色に変えてきたこともあるし、男装してきたこともある。目のやり場に困るような服でやってきて、直前で着替えさせたこともある。
「またマリウスの贔屓の女性が変わったのか」という噂は、毎回変装して隣にいるフェリシアが原因だった。マリウスはフェリシアがどんな服装で来ようとも、どんな噂をされようとも意に介さなかったが、公爵邸を出る前に誰か止めないのかとは思っていた。
「お兄様がお忙しいならサーシャでもいいわ。ここへ連れて来ていただけるなら誰でも良いんだから!」
「丁重にお断り申し上げます。」
サーシャに断られて、フェリシアは頬をぷくっとふくらませた。
「フェリシア、叔父上が結婚相手を紹介しているでしょう。良い人はいないの?」
「いないわ。お父様は私のことなんて少しもわかっていないんだから。」
「俺はちゃんと伝えたよ。騎士を紹介するようにって。」
マリウスはフェリシアの父である叔父からフェリシアの結婚相手についての相談を受けていた。フェリシアは誰を紹介しても首を縦に振らなくて困っているというから「フェリシアには騎士を紹介するように」とはっきり伝えていた。
「お父様は騎士様がお嫌いなのだと思うわ。騎士は身分がなんたらって言っていたのを聞いたことがありますもの。酷いわ。そんな風に言うなんて。」
フェリシアの父は国王の弟だ。自分の娘であるフェリシアが騎士と結婚することを叔父は快く思っていないのだろう。しかしこのままフェリシアの結婚相手が見つからないのは、叔父だけでなくフェリシアにとってもマリウスにとっても、強いて言えば城にとっても不都合が多い。
「フェリシア、もう一度叔父上と話をしてみるよ。ちゃんと君が好きな相手を紹介するように言うからね。」
「私は騎士様以外とは結婚致しませんわ。」
「わかったよ。サーシャ、フェリシアを頼む。」
「かしこまりました。」
フェリシアは変装した格好のまま、サーシャと共に馬車へ向かった。