首元から、ふわりと漂うシトラスの残り香が鼻先をくすぐった。

「車回して来ます」と、背中を見せた彼を引き止めるみたいに、スーツの袖を咄嗟に掴んだ。「あっ」と声が転がったのは束の間のこと。振り返った彗との距離が、一歩縮まった。

ことこと胸の音が忙しく弾む。いち、に、さん。

頼りなく縋る指に向けられた視線が、ゆっくりと持ち上がって。私へ傾いた。


「顔の赤み引きませんね。熱があるのかも。…休みます?」

「ううん、へーき。これから周子ちゃんとご飯の約束してるの」

「あんだけスコーン食べたのに?」

「む。それは別腹です」

「なら、仕方ないですね」


その美麗な顔に不似合いな無表情を貼った。

呆れたように息を混ぜながら吐いた言葉の端々には、丸い柔らかさと、ほんの少しの愛おしさが感じられ、私の心は静かに落ちていくのだ。


「私、熱っぽい?」

「はい。風邪も引いてないし、飲んでもないのにおかしいですね」


彗は、マフラーにしまい忘れた毛先を、躊躇いもなく指先で掬った。私の耳に掛けながら「どうして?」と、ふ、と笑みを深めた。

たったそれだけで、また、鼓動は加速していく。

今日は“トクベツ”優しいの?


「わかんない、けど———」

「自覚もないんだ」

「いっしょにいたいから、そう見えるのかもしれないです」