「ふみ」

「何でしょうか」


千景くんの指が、肌を滑るように頬から顎先へ下りていく。下唇に触れたところで、わざとらしく止まった。

ひんやり冷たくて、思わず目をぎゅっと閉じる。

千景くんって、体温低そうだ。

ブラウンがかった双眸が、アルコールに酔う私を捕まえた。美麗な顔に、余裕な笑みを貼り付けられると、抗うことができない。

次の言葉を聞いた瞬間『はい』と、返事しなきゃいけない気がするのは『いいえ』は通用しないことを、幼い頃に学んだから。

「ちょうど社会見学も終わったし」と、独り言を落とした千景くんに、私は身構えた。


「連れて帰る」

「…………とは、私の家に?千景くんも…………来るの?」

「酒浴びすぎて寝惚けてる?」

「ううん。ちゃんと目、開いてるよ」

「嘘つくなや」


千景くんが、私の頬をむぎゅと掴んで引っ張った。
※女の子に乱暴な行為は禁止されています


「い た い」

「……………(おもしれー、餅みたい)」


千景くんは反応を面白がっているが、私はそれどころじゃないのです。

・婚約破棄が原因で、おじいちゃんは『久世家の敷居を跨ぐな』と、千景くんにキツく言っている

・家に上がって来ようものなら事件が勃発するはず

以上の心配事が頭の中をぐるぐる駆け巡る。千景くん、こっぴどく叱られたの忘れてるのかな。


「違うよ。だって、(あ。しまった)」

「へえ。ふみの家以外に帰る場所あるんだ。それってどこ?」