「あんな素敵なお店で働く伊勢谷さんに相応しいのは、やっぱり……」

 琉那は言葉に詰まった。

「俺はただの雇われ給仕ですよ。昔からレストランサービスの仕事にすごく憧れがあって、いろんなスキルは習得しましたけど、俺はシェフでもないし、仕事じゃなきゃあんな高級店に出入りすることなんてそうそうないですよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ」

 それからしばらく続いた沈黙のあと、伊勢谷が呟くように口にした。

「安心した」
「え?」
「園田さんが超セレブとかじゃなくて安心しました」

 言葉の意味を理解しようと、琉那は考えを巡らせた。

「俺が言ってる意味、伝わってますか?」

 琉那はまた返答に困っていた。
 この流れからいくと、それは――

「あの、園田さん?」
「はい」
「今度、食事に誘っても大丈夫ですか?」
「え?」
「高級フレンチは無理ですけど」

 そう言ってはにかむ彼の笑顔は、今度こそ間違いなく自分だけに向けられたものだ。
 何故こんなことになったのかと、嬉しさよりも驚きのほうが勝り、琉那は感情のこもらない返事をした。

「ああ……はい」
「良かった」

 笑顔を浮かべる伊勢谷を目にし、琉那はハッと我に返り、慌てて伝えるべき言葉を探す。

「伊勢谷さん」
「はい」
「お店に伺うのは、明日で最後にしようと思います」
「えっ、最後……ですか?」

 伊勢谷の表情に焦りのようなものが見て取れた。  

「シェフのお料理は最高ですし、最高のおもてなしをしてくれるギャルソンの伊勢谷さんにもとても感動しました。だけど、私がお店に通っていた理由は別にあります」
「え、その理由って何ですか?」

 伊勢谷が好奇心に満ちた目を向けた。

「会いたくて仕方なかったんです」
「え?」

 伊勢谷が目を丸くした。

「さりげない気遣いができる、笑顔が最高に素敵な伊勢谷さんに、どうしようもないくらいに惚れ込んでしまったからです」

 伊勢谷の頬がみるみるうちに茹で蛸のように真っ赤になった。

「だけど、伊勢谷さんの気持ちを知って、少し欲が出てきてしまいました」
「欲、ですか?」
「はい。伊勢谷さんの笑顔を独り占めしたくなりました」





【完】