夢のような一日が終わり、次の日を迎えた。
全ての授業が終わっても、ゼダ様が私を迎えに来ることはなかった。
そのことに少しガッカリしてしまったものの、まぁそれはそうよねと納得してしまう。
昨日の告白は、あくまで罰ゲームだったのだから。今ごろ、シオン殿下に告白されて喜んでいた私をサジェスたちがバカにして笑っているのかもしれない。
私はいつものようにケイトと一緒に馬車乗り場へと向かった。
寮生じゃない生徒たちは、ここで馬車のお迎えが来るのを待つことになっている。
馬車が来るまで楽しいおしゃべりの時間の予定だったけど、馬車乗り場の入り口にゼダ様を見つけた私は驚き立ち止まった。
私に気がついたゼダ様は、姿勢よく頭を下げる。
「リナリア様。お迎えにあがりました」
「えっと……」
まさか本当に迎えに来てくれるなんて。私の隣にいるケイトを見ると、状況が分からずポカンと口を開けている。
ケイトに事情を説明しようかと思ったけど、あなたの兄サジェスが計画した罰ゲームでシオン殿下にウソの告白をされているの、なんて口が裂けても言えない。
そんなこと言ったら、ケイトはきっとまた兄の代わりに謝って、自分を責めて号泣してしまう。
だからケイトには、「急用ができたから、今日はおしゃべりできないわ」と誤魔化した。
ケイトは私とゼダ様を交互に見ると、白い頬をピンク色に染めながら「私のことは気にしないで! 恋人たちのお邪魔はしないわ」と瞳を輝かせる。どうやら、私とゼダ様の関係を誤解させてしまったみたい。
私の恋人だと誤解されているゼダ様には申し訳ないけど、本当のことは言えない。どうせシオン殿下との密会は、罰ゲームが終わるまでの短い間だから、終わってから誤解を解こう……ケイト、ごめんね。
「いってらっしゃーい」と満面の笑みで手を振るケイトと別れて、私はゼダ様のあとについていった。
もしかしたら、ついて行った先ではシオン殿下の代わりにサジェスたちがいて「お前なんかが、シオン殿下に相手してもらえるわけないだろ!」とバカにされる可能性もある。
それは覚悟の上だった。
今はもうサジェスに何を言われてもどうでもいい。だって昨日、シオン殿下に一生分の素敵な思い出をいただいたから。
ゼダ様に案内されたのは、学園内の一室だった。教室ではなくサロンとでもいうのか、王族や上位貴族だけが使える部屋のようだ。
扉を開けたゼダ様は、無言で中に入るように私を促す。
「失礼します」
私が部屋の中に入ると、優しい笑みを浮かべたシオン殿下が小さく手を振った。わざわざ立ち上がって私を出迎えてくれる。
今日のシオン殿下のネクタイは、昨日とは違い彼の学年の色だった。
ゼダ様はというと、静かに扉を閉めていた。部屋の中には入るつもりがないようだ。
シオン殿下にソファーに座るように勧められたので、私は大人しく従った。部屋の中を見渡しても、サジェスや他の男子生徒が隠れているような気配はない。
罰ゲームのネタバレは、今日ではないみたいね。
そんなことを考えていると、シオン殿下が「どうぞ」と言いながら、テーブルの上に用意されていたお茶を飲むように勧めた。
お礼を言ってカップに口をつけると、芳醇な香りが口内に広がる。
「美味しいです」
私の素直な感想を聞いたシオン殿下は柔らかく微笑んだ。
「良かったです。頑張って練習したかいがありました」
「練習、ですか?」
「はい、お茶を淹(い)れる練習」
「え? ということは、もしかして、このお茶は殿下が淹れてくださった?」
そんなまさかと思いながら尋ねると、シオン殿下は「そうです」と頷く。
この学園内では、例え貴族であっても自分のことは自分でするように義務付けられている。でも、王族は別だった。学園内でも、ゼダ様のように護衛がついているし、メイドだってついているはずだ。
驚いた私がシオン殿下を無言で見つめていると、殿下は少し照れるようにうつむいた。
「どうしても、あなたと二人きりになりたくて、頑張ってしまいました」
シオン殿下の伏せた瞳や、わずかに赤くなっている頬。そのどれもがものすごい色気を放っている。
何? シオン殿下は、どうしてこんなに色っぽいの⁉
遠くから見ている時は、そんなことを考えたこともなかった。でも、近くで見るととにかく男の色気がただ漏れている。絶対そんなことはありえないのに、怪しく誘われているような気さえしてくる。
うっ、何か見てはいけないものを見ているような気になってきたわ……。もしかすると、シオン殿下が色っぽいのではなく、私が殿下をいかがわしい目で見てしまっているのかもしれない。
私は、『シオン殿下、嫌らしい目で見てごめんなさい』と心の中で深く反省した。
そのあとは、シオン殿下と穏やかに会話をしたけど、私はずっと夢見心地であまり内容を覚えていない。
あっと言う間に時間がたってしまい、分かれる際に、シオン殿下は「少し失礼」と断ったあとに私の左腕を優しくつかんだ。そして、私の手の甲にではなく、手のひらに軽くキスをする。
「⁉」
驚きすぎて固まった私をシオン殿下が覗き込んだ。
「手のひらへのキスの意味、知っていますか?」
小さく首を振ると、シオン殿下は「そうですか、残念です」と寂しそうな笑みを浮かべる。
シオンと別れた私は、動揺しすぎてそのあと、自分がどうやって馬車に乗り込んだのか覚えていなかった。家につくと、すぐに本棚を漁って『手のひらへのキス』について調べたけど、そんなことが書かれている本は持っていない。
仕方がないので、ダメもとでメイドに尋ねると、メイドは楽しそうに教えてくれた。
「手のひらへのキスって、ときどき物語や舞台でありますよねぇ。あれって素敵でうっとりしてしまいます。これが正式かどうかは分かりませんが、意味は確か『求愛』だった気がしますよ。他にも『懇願』とか『独占欲』とも言われることがあるみたいですね」
メイドは「求められてるって感じがして素敵ですよねぇ」とうっとりしている。
シオン殿下が、私を求めている?
こんなに幸せな嫌がらせがあっていいの? ただの罰ゲームにここまでする必要がある⁉
殿下、これはさすがにやりすぎです!
ときめきすぎて胸が苦しい。私はそっと自分の胸に手を当てた。
全ての授業が終わっても、ゼダ様が私を迎えに来ることはなかった。
そのことに少しガッカリしてしまったものの、まぁそれはそうよねと納得してしまう。
昨日の告白は、あくまで罰ゲームだったのだから。今ごろ、シオン殿下に告白されて喜んでいた私をサジェスたちがバカにして笑っているのかもしれない。
私はいつものようにケイトと一緒に馬車乗り場へと向かった。
寮生じゃない生徒たちは、ここで馬車のお迎えが来るのを待つことになっている。
馬車が来るまで楽しいおしゃべりの時間の予定だったけど、馬車乗り場の入り口にゼダ様を見つけた私は驚き立ち止まった。
私に気がついたゼダ様は、姿勢よく頭を下げる。
「リナリア様。お迎えにあがりました」
「えっと……」
まさか本当に迎えに来てくれるなんて。私の隣にいるケイトを見ると、状況が分からずポカンと口を開けている。
ケイトに事情を説明しようかと思ったけど、あなたの兄サジェスが計画した罰ゲームでシオン殿下にウソの告白をされているの、なんて口が裂けても言えない。
そんなこと言ったら、ケイトはきっとまた兄の代わりに謝って、自分を責めて号泣してしまう。
だからケイトには、「急用ができたから、今日はおしゃべりできないわ」と誤魔化した。
ケイトは私とゼダ様を交互に見ると、白い頬をピンク色に染めながら「私のことは気にしないで! 恋人たちのお邪魔はしないわ」と瞳を輝かせる。どうやら、私とゼダ様の関係を誤解させてしまったみたい。
私の恋人だと誤解されているゼダ様には申し訳ないけど、本当のことは言えない。どうせシオン殿下との密会は、罰ゲームが終わるまでの短い間だから、終わってから誤解を解こう……ケイト、ごめんね。
「いってらっしゃーい」と満面の笑みで手を振るケイトと別れて、私はゼダ様のあとについていった。
もしかしたら、ついて行った先ではシオン殿下の代わりにサジェスたちがいて「お前なんかが、シオン殿下に相手してもらえるわけないだろ!」とバカにされる可能性もある。
それは覚悟の上だった。
今はもうサジェスに何を言われてもどうでもいい。だって昨日、シオン殿下に一生分の素敵な思い出をいただいたから。
ゼダ様に案内されたのは、学園内の一室だった。教室ではなくサロンとでもいうのか、王族や上位貴族だけが使える部屋のようだ。
扉を開けたゼダ様は、無言で中に入るように私を促す。
「失礼します」
私が部屋の中に入ると、優しい笑みを浮かべたシオン殿下が小さく手を振った。わざわざ立ち上がって私を出迎えてくれる。
今日のシオン殿下のネクタイは、昨日とは違い彼の学年の色だった。
ゼダ様はというと、静かに扉を閉めていた。部屋の中には入るつもりがないようだ。
シオン殿下にソファーに座るように勧められたので、私は大人しく従った。部屋の中を見渡しても、サジェスや他の男子生徒が隠れているような気配はない。
罰ゲームのネタバレは、今日ではないみたいね。
そんなことを考えていると、シオン殿下が「どうぞ」と言いながら、テーブルの上に用意されていたお茶を飲むように勧めた。
お礼を言ってカップに口をつけると、芳醇な香りが口内に広がる。
「美味しいです」
私の素直な感想を聞いたシオン殿下は柔らかく微笑んだ。
「良かったです。頑張って練習したかいがありました」
「練習、ですか?」
「はい、お茶を淹(い)れる練習」
「え? ということは、もしかして、このお茶は殿下が淹れてくださった?」
そんなまさかと思いながら尋ねると、シオン殿下は「そうです」と頷く。
この学園内では、例え貴族であっても自分のことは自分でするように義務付けられている。でも、王族は別だった。学園内でも、ゼダ様のように護衛がついているし、メイドだってついているはずだ。
驚いた私がシオン殿下を無言で見つめていると、殿下は少し照れるようにうつむいた。
「どうしても、あなたと二人きりになりたくて、頑張ってしまいました」
シオン殿下の伏せた瞳や、わずかに赤くなっている頬。そのどれもがものすごい色気を放っている。
何? シオン殿下は、どうしてこんなに色っぽいの⁉
遠くから見ている時は、そんなことを考えたこともなかった。でも、近くで見るととにかく男の色気がただ漏れている。絶対そんなことはありえないのに、怪しく誘われているような気さえしてくる。
うっ、何か見てはいけないものを見ているような気になってきたわ……。もしかすると、シオン殿下が色っぽいのではなく、私が殿下をいかがわしい目で見てしまっているのかもしれない。
私は、『シオン殿下、嫌らしい目で見てごめんなさい』と心の中で深く反省した。
そのあとは、シオン殿下と穏やかに会話をしたけど、私はずっと夢見心地であまり内容を覚えていない。
あっと言う間に時間がたってしまい、分かれる際に、シオン殿下は「少し失礼」と断ったあとに私の左腕を優しくつかんだ。そして、私の手の甲にではなく、手のひらに軽くキスをする。
「⁉」
驚きすぎて固まった私をシオン殿下が覗き込んだ。
「手のひらへのキスの意味、知っていますか?」
小さく首を振ると、シオン殿下は「そうですか、残念です」と寂しそうな笑みを浮かべる。
シオンと別れた私は、動揺しすぎてそのあと、自分がどうやって馬車に乗り込んだのか覚えていなかった。家につくと、すぐに本棚を漁って『手のひらへのキス』について調べたけど、そんなことが書かれている本は持っていない。
仕方がないので、ダメもとでメイドに尋ねると、メイドは楽しそうに教えてくれた。
「手のひらへのキスって、ときどき物語や舞台でありますよねぇ。あれって素敵でうっとりしてしまいます。これが正式かどうかは分かりませんが、意味は確か『求愛』だった気がしますよ。他にも『懇願』とか『独占欲』とも言われることがあるみたいですね」
メイドは「求められてるって感じがして素敵ですよねぇ」とうっとりしている。
シオン殿下が、私を求めている?
こんなに幸せな嫌がらせがあっていいの? ただの罰ゲームにここまでする必要がある⁉
殿下、これはさすがにやりすぎです!
ときめきすぎて胸が苦しい。私はそっと自分の胸に手を当てた。