ロビーまで蒼汰を連れて来た刑事は警視庁捜査一課刑事の香道秋彦。龍牙は昔から彼をアキと呼んでいる。

『捜査一課のお前がどうして新宿西署の生活安全課のヤマに関わってるんだ? 一課の専門は殺人だろ』
『春頃から民間人にかなりの量のクスリが出回り始めてクスリに絡んだ殺人事件が関東周辺で多発してる。それで捜査一課と組対が合同で捜査していたんだ。今回ガサ入れしたエスケープも俺らが目をつけていた売人がよく使う場所で、新宿西署の管轄だったからここに捜査本部が出来たってわけ』

 龍牙と香道はロビーのソファーに並んで座る。二人がこうして肩を並べて時を過ごすのは久しぶりだ。

『それでこのヤマにお前がいたのか。で、捕まえた売人から何か聞き出せたか?』
『エスケープで逮捕した売人は今岡って男なんだけど今岡もクスリは永井と言う売人から買ったと言ってる。下っ端の今岡が中堅クラスの永井からクスリを買い、それをクラブで売りさばいていた。今岡はクスリをさばくための駒だ。今岡の上にいる永井を追っているが、行方は掴めていない。一連の薬物に関連した事件の裏に組織絡みの繋がりがあるのは確かだ。永井のさらに上には大物の売人がいる』

 売人の上にさらに売人、犯罪者とのいたちごっこ。想像以上に厄介な事件の予感がする。

『出回っているクスリは中東や南米で製造された日本では珍しい部類の薬物だ。それを仕入れている組織が必ずある。うちも組関係を洗ってるが、大石蒼汰の連れの女も組関係の女かもしれない』
『組織っつーと……ヤクザかマフィアか。でもわからねぇな。なんで組織の奴らがたかだか不良グループの高校生をハメる?』
『さぁな。蒼汰か黒龍に個人的な恨みのある奴が蒼汰をハメろと頼んだか。俺は捜査で手一杯だからそっちの方はリュウに任せる』
『しょうがねぇなぁ。可愛い後輩のために俺が動きますか』
『頼むぜー。黒龍のお父さん』

 香道がニヤリと笑った。舌打ちした龍牙も香道の言葉を否定はしない。
龍牙には2歳になる娘がいるが、黒龍の後輩達もみんな息子みたいなものだ。

『アキだって元黒龍のくせに一人前にデカの面しやがって』
『俺はリュウとは違って喧嘩はしなかったし学校もサボらずちゃんと行ってました』

 黒龍は12年前に龍牙と香道が創設した。龍牙がリーダー、香道がサブリーダー。
喧嘩っ早い龍牙と参謀タイプの香道。龍牙の拳と香道の頭脳を合わせた二人は最強だった。

『あ、でも……俺の唯一の喧嘩は拉致られた美空《みく》ちゃんと千鶴《ちずる》ちゃんを助けに行ったあの時くらいか……』
『あの時は珍しくアキもぶちギレてたなぁ』

 美空は高校時代から龍牙が交際している恋人、現在の妻だ。千鶴は美空の親友。

関東最強の不良、氷室龍牙の恋人ということもあり、美空は敵対グループに何かと狙われていた時期があった。

敵対グループに拉致された美空と千鶴を助けるために香道と共にグループのアジトに乗り込んで行ったのは高校二年の冬だった。