お好み焼き屋を出た三人は新宿駅に向かう。晴と悠真はまず隼人と改札口で別れた。

『じゃーなー。隼人。気を付けて帰れよ』
『おう。またな』

晴と悠真に手を振って、改札機を抜けた隼人が人混みの中に消えていった。

『今さらだけどemperorのこと隼人に言って大丈夫だったのか?』

 軽率だったかもと悔やむ晴の隣で悠真は平然と微笑んだ。

『アイツなら大丈夫だと思ったからスタジオに連れて来たんだろ?』
『まーな。ただの勘だけど隼人は秘密を人に喋るような口の軽い奴じゃないと思ったんだ』
『それなら大丈夫だ。野生の勘は当たる』
『俺はサルですかー』
『サルの方がまだ賢い』

悠真とのこんな軽口は中学時代から変わらない。悠真も隼人を信用したからemperorと父親の話をしたのだ。

 悠真と同じ電車に乗り、地元の駅前の自転車置き場で別れた。自転車で夜の道を駆ける晴は今日の出来事を振り返る。
隼人を助けたのは偶然だ。しかし偶然が呼んだ必然に彼は感謝する。

 木村隼人とは一年生の時に同じクラスだったが、話をしたことはほとんどない。一年の時の晴は出席日数ギリギリで二年に進級したほど学校をサボっていたから、隼人と話をする機会もなかった。

 それでもたまに学校に行くと木村隼人の噂は耳にした。あの容姿だから彼は目立つ。
女関係の噂は絶えず、加えて定期テストの順位が悠真と並んで学年トップ。
あの悠真と対等に並ぶ人間がいたことに晴は驚いていた。

 他に聞こえてきた噂は関東の強豪サッカークラブに所属し、杉澤学院高校では一年生にしてサッカー部のレギュラー、女子生徒達が隼人を杉澤の帝王とアダ名をつけていることや渋谷のホテル街を毎回違う女と出入りしていること……。

とにかく隼人に関するあらゆる噂は絶えなかった。
晴が抱いていた隼人の印象は飄々としたクールな男で、友人の悠真と似ているところがあると思っていた。

 二年生になってからも晴のサボり癖は直らなかった。そろそろ真面目に出席しないと夏休みに補習が待っていると担任教師に脅され、最近はちゃんと朝から学校に来ていた。

6月の中旬、廊下で隼人とすれ違った。相変わらず一年生の時と同じように飄々としていた彼からは煙草の匂いがした。

それから数日後の今日。悲しい顔をしていた隼人は自分達の音楽を聴いて涙を流していた。
人の心に響く音楽を届けられた時、黒龍を辞めてでもドラムを選んでよかったと心底思う。

 今日、新しい友達ができた。
木村隼人。これから先も大事にしていきたい、最高な友達ができた。