こうしたやりとりは晴といくちゃんの間では常日頃なのか、晴は冷蔵庫から麦茶のボトルを出してグラスに注いでいる。

『木村も飲む? ってか、飲めるか?』

晴が隼人に麦茶を渡す。隼人はいくちゃんの手当てを受けながら、カラカラに渇いた喉を麦茶で潤した。晴の心配通り、口の中を切っているから冷たい麦茶が傷に滲みる。

『なんでアイツらと喧嘩してたん?』
『あの赤髪の奴の女を俺が盗ったらしい』
『盗っちまったのか』
『知らねぇよ。アイツの女が勝手に乗り換えてきただけ』
「あんた男前だからそりゃあ女の子が放っておかないよ。でもせっかく綺麗な顔してるんだから傷付けちゃいかんよ。ご両親から貰った大切な身体なんだからね」

いくちゃんに諭されて隼人も晴も素直に頷いた。

 本名が郁実《いくみ》の通称いくちゃん(推定年齢50歳)に手当てをしてもらい、少しの雑談を楽しんで二人は保健室を出た。

 さっきと同じように裏門を出ても今はもう隼人に絡んできた男達はいない。隼人と晴は雨が降り出して来そうな曇り空の下を最寄りのJR高円寺駅まで並んで歩いた。

『そこまで酷い怪我じゃなくて良かったな』
『顔の怪我が最小限で済んだのはありがたい』

口元の傷よりは腹部の青アザの方が重症で、歩くたびにズキズキ痛む。

『アイツらも怪我してたしお前もけっこうやり返したんだな』
『当たり前。やられっぱなしは性に合わねぇ』
『あの人数相手にひとりで向かってく木村はいい根性してるよ』

陽気に笑う晴と暴走族に入っていた過去が隼人にはどうにも結び付かない。

『族を辞めたのは族以外に本気になれるものが出来たからって言ってたけどそれって何なんだ?』
『ああ、それね。うーん……』

晴は顎の下をさすって空を見上げた。隼人もつられて空を仰ぎ見る。

『今日これから暇?』
『まぁ暇だけど』
『帰り遅くなっても平気?』
『家に連絡入れればいいし』

薄暗くなっていく空の下で交わされるやりとり。

『じゃあ今から俺が行く所に付き合ってくれよ』

 そう言った緒方晴は晴と言う名前に相応しいキラキラとした笑顔をしていた。