黒髪にメッシュを入れた男が赤髪の男の腹部を一発蹴り上げた。道端に転がる空き缶を蹴飛ばすような軽さのある自然な動き。
男の蹴りを食らった赤髪が呻いて地面に倒れた。

『コイツ、二年の緒方《おがた》……!』
『緒方ってもしかして緒方晴っ?』
『杉澤の緒方晴って……』

 赤髪の仲間達が一斉に騒ぎ出した。隼人にはなぜ彼らが血相を変えているのかわからない。

『杉澤の緒方って黒龍《コクリュウ》のNo.3だぞ! 喧嘩負けなしって噂の!』
『黒龍っ?』

腹部を蹴られた赤髪も自力で起き上がって顔色を変えた。

『おーい。お前ら何こそこそ話してるのかなー? やるの? やらないの?』

 黒髪メッシュの男は口元は笑っていても目は鋭く彼らを威嚇している。凄みのあるオーラ。先ほど赤髪を蹴り飛ばした動きを見ても、この男はかなり喧嘩慣れしている。

『コイツ相手にするのはまずい。行くぞ』

舌打ちした赤髪が真っ先に逃げ出してその後に続いて仲間達が慌てて走り去る。正義のヒーローに退治された悪役かと思うと笑いが込み上げてくる。

『なんだよー。笑えるくらい余裕あるじゃん』

 隼人の前に屈んで明るい笑顔を見せる今の彼からは凄みのある殺気は消えていた。

『いや。あんたが助けてくれなかったらヤバかった。ありがとう』
『礼ならいいって。ああいう喧嘩のやり方は嫌いなんだ』
『お前……一年の時に同じクラスだった緒方晴だろ?』

 隼人が名前を呼ぶと緒方晴《はる》はきょとんとした顔をした後にニッと笑った。

『俺、一年の時はあんまり学校来てなかったのに覚えていてくれて嬉しいよ。俺もあんたのこと覚えてる。木村隼人だろ?』
『ああ』
『立てるか?』

晴が隼人に手を差し伸べる。隼人はその手を取り、立ち上がった瞬間に腹部と頭に激痛が走った。

『あちゃー。イケメンくんが台無しだな。とりあえず保健室行こーぜ』

 晴と隼人は連れ立って裏門から再び校内に入る。