『自分を大事に、か。今の俺に言えたことじゃねぇけどな』

 独り言を吐いて裏門を出た彼はすぐに数人の男に取り囲まれた。

『お前が木村隼人か』

 他校の制服をだらしなく着て髪を赤く染めた男が隼人の前に仁王立ちする。その制服は通称“バカ高”と呼ばれる東京で偏差値最低ランクの高校の制服だ。

赤髪の男の隣には隼人と同じ杉澤学院の制服の人間が数人いた。
なるほど、東京都の偏差値最高ランクと最低ランクの高校が並んでいる……と感心している場合でもなさそうだ。

(なんなんだよ。俺はこれから本屋に寄って間宮誠治の新作本買って、早く家に帰りたいんだよ)

今日はよく人に呼び止められる日だ。盛大な溜息が漏れる。

『あんた誰?』
『俺の女を寝盗るとはいい度胸だな』
『あんたの女って誰のこと?』

(お前の女って誰だよ。つーか、まず名前を名乗れバカ高。対話の基本は自己紹介だろ。だからお前はバカ高にしか入れねぇんだよ)

『理佐だよ! とぼけんなっ』
『リサ?』

(この赤髪バカ高野郎の女のリサってどのリサ? リサなんていっぱい居るからわかんねぇ。非常階段でヤったあの理佐か?)

 リサと言う名前のセフレは数人いるが、男がいちゃもんをつけてくる心当たりがあるのは杉澤学院の三年生の理佐だ。

彼氏が馬鹿で嫌になると愚痴を言っていた気がする。その馬鹿な彼氏が赤髪の男なら納得もいく。
赤髪から隼人に乗り換えたのは理佐だ。文句があるなら理佐に言えばいいものを。

『話あるなら手短に頼む。リサを返せってこと?』

まったく悪びれない隼人の態度に赤髪の男は舌打ちした。

『お前気に入らねぇな』
『それはお互い様。じゃ』

 お前に気に入られたくもないと心の中で呟いて赤髪の前を通り過ぎようとしたが、案の定、簡単に帰らせてはくれない。