京介がイタリアに旅立って2週間が経つ。イタリアに着いて早々に京介からエアメールが届いた。
手紙にはイタリアのサッカーリーグのことや、イタリアで通う学校のことが書いてあり、イタリア語に苦戦する京介は今はサッカーよりもイタリア語の勉強に必死なようだ。

 京介を快く送り出せたって隼人自身の空虚が薄れることはなく、今も変わらず煙草と女にまみれた自堕落な日常を過ごしていた。

だけど煙草も女もこの空っぽになった心を埋めてはくれず、寝る前に読む推理小説が毎日の楽しみになっていた。

 6月も終盤に差し掛かったある日の放課後。梅雨時のじめじめとした湿度を肌に感じながら隼人は校舎を出て裏門に向かっていた。

正門には登下校の時には必ずいる生徒指導部の教員が立っている。茶髪にピアスに香水、堂々と校則違反をしている隼人はいちいち教師に注意されるのが鬱陶しくて、最近は正門ではなく裏門から出入りするようになった。

「木村先輩っ……!」

 裏門に向かう隼人を女子生徒が呼び止めた。校則違反ゼロの純朴で大人しそうな、進学校の杉澤学院に最も多いタイプの女子生徒だ。

『なに?』
「あの、1年3組の増田奈緒と言います。私……木村先輩のことが好きなんです!」

真っ赤な顔をした増田奈緒が隼人を見上げる。隼人は告白をされても平然としていた。

『ごめんね。君とは付き合えない』
「先輩にたくさん彼女がいることは知っています。特定の彼女を作らないことも……。だから私もその中のひとりにしてくれませんか?」

スカートの裾を握る彼女の手は震えていた。彼女の表情からかなり無理をして言っていることがわかる。告白するのも初めてかもしれない。

『君は俺の女には向かないよ。もっと君だけを見てくれる人を好きになった方がいい。自分を大事にしなよ』

 これが隼人なりの精一杯の誠意。涙ぐむ後輩に優しく諭して、隼人は裏門に足を向けた。

 増田奈緒のような純粋な女は苦手だ。遊びと割りきって付き合える女の方が気楽でいい。
こちらが本気になれないのに純粋な女を傷付けて汚すことはしたくない。

幼なじみの加藤麻衣子の好意に気付かないフリをしているのも同じ理由だった。