午前10時[東・206号室 隼人の部屋]

『これで三人目か。まさか間宮先生まで殺されるとは思わなかった。一体誰が犯人なんだろうな。なぁ隼人?』

 渡辺亮は柔らかなソファーに疲れた身体を沈める。彼は向かいに座る木村隼人の名を呼んだ。
しかし隼人は顔を伏せて身動きひとつしない。

『隼人? ……おいっ!』
『……悪い。なんだ?』

隼人がハッとして顔を上げる。渡辺はそんな彼を見て眉を寄せた。

『さっきから何ボケーッとしてんだよ。らしくねぇな』
『いや、別に』
『おいおい頼むぜ。これでもミス研会長だろ。犯人について何か浮かばねぇのか?』
『それ沢井にも聞かれたけど、お前らは俺に何を期待してる? 俺は刑事でも探偵でもない』

 隼人は鬱陶しそうに立ち上がって窓際にもたれかかる。早朝から降る雨は今もまだ地面を濡らしていた。

『お前いっつも偉そうにミステリー講釈垂らしてるじゃん』
『それは小説の話だ。小説と現実は違う』
『そうは言っても現実問題として人殺しがこのペンションにいるのは確かだ』
『……そうだな』

小さく呟いた隼人の背中を見つめて渡辺はあることを思い至った。

『隼人、お前……事件とは別のこと考えてるだろ?』
『別のことって?』
『まさかマジに惚れた?』
『……誰に?』

 互いの顔を見ずに交わされる会話のキャッチボール。渡辺は一呼吸置いて天井を仰ぎ見た。

『浅丘美月』

渡辺がストレートに投げたボールを無言で受け取った隼人はただ落ちていく雨を目で追うだけ。

『おいこら。何とか言え』
『……亮。お前ってすげぇな。俺が自分でもわからなかったことをあっさり言い当てやがった』
『そりゃあ長い付き合いだからな。見てればわかる』
『見てれば、か』

振り向いた彼は壁に背をつけた。

『誰だろうな、犯人』
『話そらすなよ。今は隼人の一世一代の初恋の話してんだろ』
『そらしてねぇよ。話を戻しただけだ。誰が三人を殺したのか』
『隼人のことだから何か気付いてることがあるんじゃねぇかと思ってたけど。で? 我が啓徳大学ミステリー研究会の会長サマのお考えは?』

 隼人は腕組みをしてじっと渡辺を見据えていた。