隼人がもう一度美月にキスをしようと顔を近付けた時、物音がした。

『何してるんだい?』

佐藤瞬がダイニングの入り口に立っていた。隼人は舌打ちして美月から離れる。

『あー……噂をすれば、か』

隼人はグラスを持って席を立った。佐藤はうつむく美月とキッチンに向かう隼人の背中を交互に見る。

『美月ちゃん? どうした?』

佐藤が問いかけても美月は何も答えない。彼女はグスッと鼻をすすって目元を手で覆った。
美月の様子を察した佐藤はグラスを片付けてダイニングに戻ってきた隼人の肩を乱暴に掴んだ。

『木村くん……美月ちゃんに何をした?』
『キスしただけですよ』

事も無げに言い放つ隼人の態度に佐藤は怒りを露にする。

『こんなことはあまり言いたくないが、君の後輩が殺されたんだよ。少しは自重しないか』
『これでも自重してるつもりですけどねぇ』

面倒くさげに答えてダイニングを出ようとする隼人の前に佐藤は立ち塞がった。

『ちょっと待って』
『説教なら止めてもらえますか?』
『君に説教する気はない。でも美月ちゃんには謝ったらどうだ? 美月ちゃん泣いているんだぞ』
『それは俺じゃなくて佐藤さんのせいですよ』
『俺の?』

 隼人と佐藤が睨み合うこの事態を美月はどうすることもできず、ハラハラと二人を見ていた。

『佐藤さんは何をムキになっているんですか?』
『ムキになってるんじゃない。君の行動が不謹慎だと言っているんだ』
『それがムキになってるってことですよ。そこ、退《ど》いてもらえます?』

キスくらいで清純ぶって泣く美月も、正義感と正論を振りかざす佐藤も、隼人にしてみれば何もかもが鬱陶《うっとう》しい。煩《わずら》わしい。

『……退けって言ってんだろ?』

 佐藤の顔めがけて隼人の拳が降り下ろされる。物凄い音を立てて佐藤が床に倒れ込んだ。

「佐藤さん!」

倒れた佐藤に美月が駆け寄る。その光景を見てても純愛メロドラマのお約束だなと隼人は心の中で罵《ののし》った。