一気に頭の中が真っ白になり、その数秒間だけ美月の中で世界が止まった。
それは中学生や高校生の子供同士がふざけて触れ合うような生易しいものではない。もっも生々しく、もっと大人なキスだった。

 美月の後頭部に添えた隼人の手が彼女を逃がしてはくれない。唇を離しても拒んでもまたキスをされた。

 自分の口の中で隼人の舌が暴れていて、合間の呼吸の仕方がわからない。息が出来ずに苦しくて、唇の隙間から漏れる音が恥ずかしくて、感覚としては痛くないのに心が痛かった。
こんな場所で誰かがやって来るかもしれない、誰かに見られるかもしれない、叔父や叔母に見られたらどうしよう、佐藤に見られたらどうしよう……羞恥と酸欠が相まって美月は何も考えられなくなる。

 ようやく長いキスから解放された美月は思い切り酸素を吸い込んだ。あんなことをしておいて隼人は憎らしほど平然と澄ましている。

『隙だらけ。警戒してるなら油断しちゃダメじゃん』
「どうしてこんなこと……」
『欲しくなったから。ごちそうさん』
「……最低っ!」
『そんな顔して最低って言われてもなぁ。自分が今どんな顔してると思う? 顔、真っ赤』

キスの後の美月の反応は隼人の予想通りだ。彼女は赤い顔を伏せた。

『ファーストキスだった?』
「初めてじゃ……ないですけど……」
『へぇ。じゃ、こういうキスは初めてってことか。佐藤さんとはキスしなかったんだ?』
「佐藤さんとはそんな関係じゃないです」
『本当かな?』

耳元で囁かれる隼人の声を聞いていると暗示でもかけられている気分になってくる。

(なんでそんな色気むんむんな声で喋るのよっ! この人の声聞いてると頭がクラクラしてくる。なにこれ、洗脳? 女たらしの術?)

 このまま隼人に身を委ねてしまいそうになる。こんな男、嫌いなのに。嫌なのに。さっきのキスの感触が唇に残ったまま消えてくれない。