午後10時 [東・208号室 渡辺の部屋]

『もう戻るのか?』

 ベッドに仰向けで寝ている渡辺亮は同じベッドから抜け出した沢井あかりを見上げた。あかりは髪を手ぐしで整えて衣服を身につける。

美月の前では誤魔化したが、合宿中に“お楽しみ”をしているのは隼人や里奈だけではない。自分達も同じだ。

「みんなにバレたらまずいでしょ?」
『俺達が付き合ってること隠す必要ないだろ。悪いことしてるわけじゃないし』
「私が今は隠しておきたいの」

スリッパの音を鳴らしてあかりはテーブルの上の携帯電話を持ち上げた。サイレントモードにしている携帯にはメール通知の赤いランプがチカチカ光っている。

 彼女はランプの灯る携帯とルームキーを、羽織っているパーカーのポケットに押し込んだ。

「そう言えば木村先輩、バスの中では美月ちゃんに興味なさそうだったのにね」
『美月ちゃんは隼人の好みだから仕方ねぇよ。あいつの女好きは天性だ』
「亮くんだって美月ちゃんにちょっかいかけて。ほんと困った人達」

まだベッドに寝そべる渡辺にキスをしてあかりは彼の部屋を出た。

 廊下の窓の外は暗い闇。雨が激しく打ち付けている。あかりは自分の部屋、210号室に鍵を差し込んだ。