季節は3月下旬。爽やかな春の風が吹く気持ちのよい午後。
俺はひとりで公園の桜の木の下のベンチに座っていた。見上げる空は澄んだ青空。あの日もこんな風に空は青かった。

 この数年間、俺はずっと四角い灰色の箱の中に入っていた。季節も何も感じない無機質な空間、そこで自分の罪と向き合い続けた。

そこからやっと解放された。だが、過去に犯してしまった罪からはどうしたって逃げられない。一生背負っていかねばならないのだ。

 孤独と苦悩と後悔の戦いの日々だったが、あの日の彼女とのわずかに過ごした時間の記憶が俺を生かし支えている。

今、彼女はどこにいるのだろう。お腹にいた子は無事に産まれただろうか。
彼女と会うことは二度とない。けれどいつも、彼女は俺の心の中にいた。

 そんなことを考えていた時だった。俺の前にひとりの小さな女の子が現れた。

長い髪の毛を高い位置で二つに結び、桜色のセーターを着ているその子は、まだ小学校の低学年かそれ以下に見える愛らしい少女だった。

 少女はきらきらと澄んだ瞳で俺を見ている。何故かわからないが、その子から目が離せなかった。
初めて会ったはずなのに懐かしい感覚に陥る。

「おじちゃん、なにしてるの?」

 舌足らずな話し方で少女が話しかけてきた。ベンチに座る俺は上半身を前傾して、少女と目線の高さを合わせた。

『空を見ているんだよ。お嬢ちゃんは何をしているの?』
「んとね、パパとママとね、おじいちゃんとおばあちゃんのおうちに、あそびにきたの」

にっこり微笑んだ少女の笑顔は天使のような優しい笑顔。
この既視感……昔、こんな笑顔を見たことがある。誰だろう。誰かに似ている。

「美月《みつき》」

 茫然としていた俺の耳に聞き覚えのある声が届く。この声は……。

「ママー!」

目の前にいた少女がこちらに歩いてきた女性に駆け寄った。

「もう。すぐひとりで行っちゃうんだから。おてんばさんね」

その笑顔、その声に覚えがある。
まさか……結恵?

「ねぇママ、パパはぁ?」
「お電話してるからもうすぐ来るよ」
「みつき、おゆうぐであそんでもいい?」
「いいわよ。気をつけてね」
「はぁーい」

 少女が遊具に駆けていく様を彼女は優しい笑顔で見つめている。その横顔は俺の知る“結恵”と瓜二つだ。

しかし娘を見つめる眼差しは俺の知る彼女とは違っている。それは母親の眼差しだった。

『可愛いお嬢さんですね。おいくつですか?』
「六歳です。来月から小学生になります」

六歳……。じゃあ、あの子はやっぱりあの時にお腹にいた……。