紫色の空はやがて漆黒の闇に変わる。間もなく夜の訪れ。
私達は黙ったままずっと抱き合っていた。

風が冷たい。海は闇に染まり、見ているだけでその闇に呑み込まれてしまいそうな恐ろしさを孕んでいる。
私は海から目をそらして彼の背中越しに空を見上げた。

 空には満月が輝いている。月はすべてを知っている。
そしてすべてを優しい光で包んでいてくれた。

『自首するよ』

 抱き合ったまま彼が呟く。私は気持ちを悟られないように彼の胸元に顔を寄せた。

「そうね。どんな理由があっても人を殺すことはいけないことだから」
『逃げるのはいけないってわかってたのに怖かったんだ。警察署の前まで何度も行ったのに怖くて中に入れなかった』

彼はまた私のお腹に触れる。

『でも結恵と、結恵のお腹のこの子のおかげで自分のしたことの重さを受け入れられた。自首はする。けど、もう少しだけこのまま一緒にいさせて欲しい』

 ずっとこのまま……時が止まってしまえばいいのに。二人でずっと一緒にいられたら……。

永遠なんてないこと、わかっているのに私達は永遠を望んでいる。
永遠に、永遠にこのままで……。

 だけど容赦なく現実は訪れる。現実逃避も終わりの時間だ。
夜の帰り道、覚悟を決めた私達を沈黙が覆う。

永遠に着かなければいいと願うその場所に到着したのは1時間後。私達が再会した警察署の並木道の前で車が停まった。

『本当に送らなくて大丈夫?』
「うん。駅も近いし、あとは電車で帰れる」

 太陽の消えた夜の寒さに二人して震えながら、手を繋いで真っ暗ないちょう並木を進む。

『迷惑をかけたくないから、ここからは一人で行くよ』
「わかった」
『結恵に出逢えて、結恵を好きになってよかった』

 何度目かの抱擁。あの頃、子どもだった私達はお互いの気持ちを言えないまま別々の道を歩み、再び出逢った。

残酷な運命の出逢いに涙が止まらない。

「私もあなたと出逢えてよかった」
『俺のことは忘れてくれ』

街灯の光しかない暗闇でも彼の目に涙が滲んでいることがわかる。

「そんなの無理。絶対忘れないよ」
『俺も結恵のこと絶対に忘れない。身体に気をつけて元気な子を産めよ。本当に、結恵の幸せを願ってるからな』

私は頷くことしかできなかった。口を開いてしまえばきっと私は「行かないで」と言ってしまいそうだったから。

 警察署の中に入っていく彼を見送った私は暗闇に立ち尽くす。

空を見上げると優しい光を放つお月様。
下を見ると月光に照らされた黄色い絨毯。
心にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。
お腹に手を当てる。

「これでよかったのよね?」

誰に聞いてる? それはね、まだ小さな、小さな命に。

「……これでよかったのよ」

小さな命が答えてくれた気がした。

 歩き慣れた道を私は歩き出す。今日のことは私とこの子だけの秘密。
誰にも言わない。私には帰るべき場所がある。守るべきものがある。

でも今でもあなたが好きだった。
大好きだった……。