数分後、彼は手に黒いビニール袋を持って戻ってきた。

『袋の中を見てくれ』

震える彼の声。私は覚悟を決めて袋の結び目をほどいた。
私が次の言葉を発するまで時間にしてどのくらいかかっただろう?

「これって……」

困惑する私の手元から袋を受け取った彼が袋の中からある物を取り出した。そして私は悟った。彼の車に乗った時の違和感の正体はコレだったのだ。

 おそらく元は白色だったはずの赤く染まったタオル。そのタオルに包まれていたナイフは銀色の刃先に濡れたような赤色を纏っている。
彼はそれを袋に戻すとがっくりと頭を垂らした。

『人を……殺したんだ』

何も言うことができずにいる私を見て彼は自虐的に笑った。

『俺のこと怖い?』

 怖い? 怖くない? そんなの決まってるじゃない。私は彼の手に自分の手を重ねる。

「怖くないよ」
『本当に?』
「本当だよ。不思議ね。人を殺したって聞いてそれは驚いたけど……あなたを怖いとは思わない」

強がりでも嘘でもない私の本音。

『中学時代から変な奴だとは思ってたけどやっぱり変わってるなぁ。普通は人殺しって聞いたら怖がるだろ?』
「変な奴って失礼ねっ! だってあなたのことは昔からよく知ってるもの。ガキ大将で調子がよくていつもイタズラばっかりしてて」
『……なんか悪口ばっかり言ってない?』

困った顔で眉を下げる彼を見て私は口元を上げた。

「だけど理由もなく人を殺す人じゃない。何か理由があったんだよね?」

 空の色はオレンジ色から刻々と赤色に変わろうとしている。丸くて赤い太陽が空と海の間に降りてくる。

『付き合ってた女がいたんだ。同棲しててさ。俺は結婚するつもりでいた。でもアイツ、俺の友達と浮気してたんだ。他にも何人も男がいるってわかって……』

顔を伏せた彼の肩は小刻みに震えていた。

『しかも妊娠してた。アイツは俺の子供だって言い張ったけど浮気してたんだからそんなのわからないだろ。喧嘩になって最後は子供がいたら遊べないから堕ろしたい、堕ろす金を用意しろって言ってきて……』

 言葉を詰まらせた彼の手をもう一度握り締め、彼の次の言葉を待つ。波の音と心臓の鼓動が一体化するように同じリズムで同時に鳴り響いている。

『気付いた時には血まみれのアイツが倒れてて……俺は血まみれのナイフを握り締めていた』
「それはいつ頃の話なの?」
『昨日の夜。怖くなってそのまま家を飛び出して来た』
「……そう」

 心がまた音を立てた。知らない方がよかった。
彼が人を殺したことは確かにショックだった。でもそれ以上に彼に愛する人がいたと言うことが私の心に重くのしかかる。
勝手だよね。私だって今は……。

 この気持ちはなに?
彼を傷付けた彼女への怒りと彼に愛された彼女への嫉妬。
そして亡くなってしまったことへの無念と追悼
様々な感情が入り乱れて私のこころに傷をつける。

 目の前に広がる真っ赤な夕焼け空はなんだか切なくて悲しくてだけど暖かく熱い、そんな赤色をしていた。