ゾクッと全身に鳥肌が立つのを寒さのせいにして美月は首を縦に振った。この男は一体何者?

「どう思ったの?」
『どう、とは?』
「だから……その……」

(私なに言ってるの? なにをキングに聞きたいの?)

『美月と彼のことを私は詳しくは知らない。君達の間にどんなやりとりが交わされていたのかも。でも……そうだね、彼にとって美月は光だったのかもしれないね。私はそう思うよ』

キングの口調は穏やかで優しい。

(光だったの? あの人の光に私はなれたの?)

もしそうなら……そうだったなら、こんな自己満足で子どもっぽい正義も少しは報われる。

(ねぇ、私はあなたの光になれたのかな? あなたを救えたのかな?)

 涙が溢れて止まらなかった。置き去りにした夏の夢に封印した想いが涙と共に溢れてくる。
何度呼んでも答えてくれない、手を伸ばしても届かない背中を彼女はまだ……まだ……。

『おやおや。これから学校なのに目が腫れてしまうよ』

キングはそっと美月を抱き寄せて彼女の背中をさする。

『美月は泣き虫さんだね』

 キングの胸元は温かい。ほっとする安心するぬくもりだった。
もっとキングのぬくもりを感じたくて彼にしがみついた。細身の見た目に反して彼の身体つきはがっしりとして男らしい。

{間もなく2番線に列車が参ります}

ホームに列車到着のアナウンスが響いた。美月が乗る電車が近付いてくる。

『私は美月に恋をしたのかもしれないな』
「……え?」

 電車がホームに入る音にかき消されてキングの独り言は美月には聞こえなかった。

 到着した電車の扉が開き、ホームにいた人々が美月とキングの側を通って次々電車に乗っていく。
ホームにいたほとんどの人間が電車内に収容され、2番線沿いのホームに残るのは美月とキングのみ。
美月はまだキングの隣で彼の顔を見上げていた。

「キングは?」
『私は乗らないよ。でも美月は早く乗らないと遅刻してしまうよ。今日は試験の最終日だろう?』

 どうしてキングが学校の試験日程を知っているのか気になったが、彼が美月のことを調べたのならおそらく学校についても調べてある。もっとキングに聞きたいことが山ほどあるのにそれを聞くには時間が足りない。

 後ろ髪を引かれながら美月は電車に乗り込んだ。満員に近い電車の入り口に立って彼女は顔だけを後ろに向けた。

『試験、頑張るんだよ』

電車の扉が閉まる。扉のガラス越しに見えたキングが色の濃いサングラスを外した。

「あっ」

美月がキングの素顔を見たと同時に電車が動き出し、ホームにいるキングの姿もたちまち見えなくなった。

(あれが……キング)

 いつものホーム。いつもの満員電車。いつもの風景の中に佇んでいる、異質な人の顔が頭から離れなかった。