サングラスの男は黒のトレンチコートを羽織り、中に着ているスーツはジャケットもシャツも黒だ。
全身を黒に覆われた男を見て美月の心臓はなぜかドキドキと脈打ち、寒いはずなのに手のひらにじっとりと汗を感じた。

『久しぶりだね。美月』

柔らかな声色で名前を呼ばれる。この声とこの感覚には覚えがあった。

「……キング?」

絞り出した声は震えている。

『正解。よく出来ました』

 キングは満足げに微笑んで美月の隣に並んだ。朝のホームには学生やサラリーマン、OLなど列車を待つ人々のいる中でキングの存在だけが異質だった。

彼は勤め人にも学生にも見えない。どこにも属さない人、美月にはそう見えた。
では彼は何者?

(この声……この感覚……やっぱり似てる。誰に? それは……)

美月は彼の端整な顔を見つめた。

『元気そうで安心したよ』
「え?」
『君の恋人、夏に亡くなったんだろう?』
「……どうして知ってるの?」
『君のことを調べたんだ』
「調べた? なんで……」
『美月に興味があったから』

微笑するキングの顔にあの人の面影が重なる。

(やっぱり。キングって佐藤さんに雰囲気が似てる)

「じゃあ彼が何をしたかも知ってるの?」
『もちろん。……人を殺したんだろう?』

 キングは美月の耳元に唇を寄せて囁いた。その囁きは禁断の呪文。愛している、と囁くように優しく甘い響きだった。