始業式の学校は午前中に終わった。帰り支度をした浅丘美月は、携帯電話でメールを確認してから隣の棟の四階に向かう。
家庭科室や特別教室が並ぶ四階の廊下の奥には美術室がある。彼女は美術室の入り口から室内を覗いた。
教室内にまばらに散る美術部の生徒の中に、親友の石川比奈《ひな》がいた。美月に気付いた比奈が片手を振る。
「美月、入っていいよ。ちょっと待っててね」
「うん」
美月は美術部員ではない。しかし比奈を通じて何度か美術部の活動に出入りしているため、すっかりこの場に馴染んでいた。
「絵、進んでる?」
「まだまだ。文化祭の展示にはギリギリ間に合うかなぁ」
比奈はキャンバスを隅に片付けた。比奈が描いているのは油絵の風景画。
「でも一年の頃よりは上達したでしょ?」
「ふふっ。そうだね。絵が苦手な比奈が美術部入るって言い出した時はどうなるかと思ったけど」
『浅丘、来てたのか』
隣の美術準備室から現れた若い男性教師に美月は名前を呼ばれた。この学校の美術教師の鈴木教諭だ。
「鈴木先生ー! 今日もばっちり寝癖ついてますよ」
『寝癖じゃなくて天然パーマと言え』
くしゃくしゃの頭を掻いて苦笑した鈴木教諭は美月の顔をまじまじと見て、美月と比奈にしか聞こえない声量で呟いた。
『職員会議で浅丘のことが話題になった。大丈夫か? ちゃんと眠れてる?』
「……はい。大丈夫です」
学校側には美月が夏休み中に殺人事件に巻き込まれたことは伝えてある。美月がASDを患ったことも。
体調は日によって良くもあり悪くもあるが、不眠は少なくなった。食べ物を食べても嘔吐することも今はない。
鈴木教諭に笑顔で頷いた美月の腕に比奈が自分の腕を絡ませた。
「先生、美月には私がいるから大丈夫ですよ! 今日はこれからカラオケに行くの」
『カラオケはいいが補導はされるなよ。ふたりとも暗くなる前に帰るんだぞ』
「はーい」
二人は元気に返事をして軽やかな足取りで美術室を後にした。
これが彼女の日常、これが彼女の現実。
※【美術準備室、17時24分。】(野いちご掲載)は比奈と鈴木教諭の恋物語となっています。
家庭科室や特別教室が並ぶ四階の廊下の奥には美術室がある。彼女は美術室の入り口から室内を覗いた。
教室内にまばらに散る美術部の生徒の中に、親友の石川比奈《ひな》がいた。美月に気付いた比奈が片手を振る。
「美月、入っていいよ。ちょっと待っててね」
「うん」
美月は美術部員ではない。しかし比奈を通じて何度か美術部の活動に出入りしているため、すっかりこの場に馴染んでいた。
「絵、進んでる?」
「まだまだ。文化祭の展示にはギリギリ間に合うかなぁ」
比奈はキャンバスを隅に片付けた。比奈が描いているのは油絵の風景画。
「でも一年の頃よりは上達したでしょ?」
「ふふっ。そうだね。絵が苦手な比奈が美術部入るって言い出した時はどうなるかと思ったけど」
『浅丘、来てたのか』
隣の美術準備室から現れた若い男性教師に美月は名前を呼ばれた。この学校の美術教師の鈴木教諭だ。
「鈴木先生ー! 今日もばっちり寝癖ついてますよ」
『寝癖じゃなくて天然パーマと言え』
くしゃくしゃの頭を掻いて苦笑した鈴木教諭は美月の顔をまじまじと見て、美月と比奈にしか聞こえない声量で呟いた。
『職員会議で浅丘のことが話題になった。大丈夫か? ちゃんと眠れてる?』
「……はい。大丈夫です」
学校側には美月が夏休み中に殺人事件に巻き込まれたことは伝えてある。美月がASDを患ったことも。
体調は日によって良くもあり悪くもあるが、不眠は少なくなった。食べ物を食べても嘔吐することも今はない。
鈴木教諭に笑顔で頷いた美月の腕に比奈が自分の腕を絡ませた。
「先生、美月には私がいるから大丈夫ですよ! 今日はこれからカラオケに行くの」
『カラオケはいいが補導はされるなよ。ふたりとも暗くなる前に帰るんだぞ』
「はーい」
二人は元気に返事をして軽やかな足取りで美術室を後にした。
これが彼女の日常、これが彼女の現実。
※【美術準備室、17時24分。】(野いちご掲載)は比奈と鈴木教諭の恋物語となっています。