曇り空の夏の夜。賑わう居酒屋の一角に四人の男がいる。

『おい隼人。ペース速くない?』

隼人の正面の男がジョッキを手にした隼人の顔を覗き込んだ。隼人は額に手を当ててアルコールで火照った顔を伏せる。

『どうしたんだよ。隼人がこんなに荒れるって珍しいな』
『荒れさせてやれよー。初めての失恋の危機なんだから』

笑いながら肩を叩いてくる渡辺を隼人は横目で一瞥した。

(俺が荒れてるのはお前のせいだよ。亮の馬鹿野郎。人の気も知らずに。失恋の危機だけで俺がこんなに荒れるかよ)

渡辺は隼人の気持ちなど知らずに仲間と笑っている。真実を知ることが最善とも言えない。真実は時に人を傷付ける。知らない方がいい真実もある。

 隼人は目を閉じた。閉じた瞼の裏側に現れた少女は美月だ。

真っ直ぐなのに危なっかしくて
強いのに弱くて
脆いのに恐れを知らない
忙しい女だ。だからほうっておけない。

 どんなに隙をついても一瞬で跳ね返される。彼女はいつも真っ直ぐだから。
彼女の純粋な真っ直ぐさが眩しくて目を背けたくなるのに目が離せない。

会いたい、と思う。
恋しい、と思う。
もっと知りたくて もっと触れたくて
もっと彼女の笑顔が見たい。

 今夜は雲に隠れて月は見えない。しかし雲の裏側に月が存在していることを忘れてはいけない。目には見えないだけで心では見えている。
月はいつも心の空で輝いていた。