構内を一歩出ると湿気を纏った夏の日差しが青木に降り注ぐ。夏は苦手だ。
太陽も夏も、アクティブで明るいものは、何もかも苦手だ。

『加藤先輩』

 門の前に見知った顔を見つけた。サークルの先輩の加藤麻衣子だった。

「青木くんも学校でレポート書き?」
『まぁ。終わったので帰るところです。先輩は?』
「私はこれから卒論指導。パソコンと睨めっこは嫌になるよ」

 麻衣子は丈の長いブラウンのワンピースを着ている。髪は後ろでひとつに結ってバレッタで留めていた。
裾が透ける素材のワンピースは涼しげで、地味な色合いの服も彼女が着ると淑やかになる。

『先輩達は卒論があるから大変ですね』
「青木くんも来年はきっと大変だよ」
『ははっ。覚悟しておきます』

 彼は笑顔を振り撒いて先輩を慕う後輩の仮面を被った。立ち話を終えて去っていく麻衣子の小さくなる後ろ姿を見送り、青木は歩き出す。

唯一、興味があるとすれば……。

(加藤麻衣子に興味があるとすれば“木村隼人の幼なじみ”って肩書きだけだな)

麻衣子への興味も彼女が隼人の身近にいる人間だから。サークルの女を狩るのも、その女達の本来の目当てが隼人だから。

隼人への感情は執着? 嫉妬? 憧れ? 敬意?

 大学近くのカフェで涼をとっていた時に再び携帯が鳴った。今度のメールの差出人は佐々木里奈。

【 今日会える? 】

 たった一行の文面を見て青木は舌打ちする。スパイダーの指令では今夜中に仕事を終えなければならず、夜に会うのはまずい。

【 今から19時までなら 】

返信を送るとすぐに待ち合わせの連絡が入った。まったく面倒くさい女だ。

 青木と里奈は最近は頻繁に会っている。理由は里奈が隼人と別れたことにあるが里奈とは恋人ではない。互いに遊びの関係だ。

憧れと嫉妬の対象である隼人の元セフレを手に入れても得たものは悦びや優越感ではなく、面倒くさいと思う感情だけ。

 カフェを出た青木は里奈との待ち合わせ場所に向かった。そういえば四年生の里奈も麻衣子と同じく卒論の準備があるのではないか?

里奈が卒論の忙しさに追われている様子はない。彼女の卒論の進捗《しんちょく》具合など自分には関係ないが。

青木の背後には影ができている。それは蛇のように細長く伸びた黒い影だった。