滅多に電話などかけて来なかった木村隼人が、どうしてこのタイミングで電話をしてきた?

{そっか。……あのさ、沢井に聞きたいことがあるんだ}
「なんですか?」
{間宮先生が亡くなった時のことなんだけど……}

あかりの体に緊張が走る。いつも饒舌な隼人にしては歯切れが悪い。その歯切れの悪さにあかりは胸騒ぎを感じた。

{間宮先生の死体が発見された朝、お前泣いてたよな?}
「えっ……ああ、そうだったような気がします。あの時のことは気が動転していてよく覚えてなくて」

落ち着け、落ち着けとあかりは自分を戒めた。

自分の声が上ずっていないか心配になった。電話相手の隼人の沈黙があかりには堪えられない。

「木村先輩? あの……」
{あの時どうして笑ってた?}

 隼人の言葉は鋭く斬り込む鋭利な刃物のような響きを纏っていた。その鋭さに反応が一瞬遅れた。

「笑ってたって……? 何を言っているんですか?」

あかりはやっとの思いで言葉を返す。

{間宮先生が死んだって聞かされた時、泣きながら笑っていたよな?}
「泣きながら笑う? 先輩、変なこと言いますね。間宮先生は私の大切な方ですよ。どうして先生が亡くなって私が笑うんですか?」

隼人の鋭い追及に自分でも気付かないうちに早口になっていた。

{なんで急にアメリカに帰る?}

隼人はあかりの問いに答えずに話を切り替えた。隼人のペースに嵌まっている。どうにか主導権を取り返したいが、隼人相手では上手く太刀打ちできない。

「親に帰って来いと言われたからです」
{逃げるつもりか?}
「先輩の言っている意味がわかりません。私はやましいことは何もしていませんよ。アメリカに帰るのも私にはあちらの環境の方が馴染めるからです」

 しばらくまた沈黙が続き、やがて彼の小さな溜息が電話越しに聞こえてきた。

{……わかった。悪かったな。俺の勘違いだ。今の話は全部忘れてくれ}
「もう。びっくりするじゃないですかぁ」

心の動揺を悟られないよう、あかりはわざと明るい声を作った。

 それから軽い世間話と別れの挨拶を交わして隼人との通話を切ると、彼女は舌打ちした。

 見られていた。それも木村隼人に。
今回の計画であかりが最も警戒した人物が隼人だ。

彼は鋭い洞察力があり人をよく見ている。あかりはリーダーとしての隼人を尊敬していた。

片想いしていた渡辺のことも隼人に相談したくらい、木村隼人の人柄には好感を抱いていた。
だが彼の優秀さが計画にはこの上なく邪魔で厄介な存在でもあった。

 佐藤の復讐劇など、あかりにはどうでもいい。あかりにとっての最重要事項は間宮誠治の殺害。
その邪魔は誰にもされたくない。