8月21日(Mon)午後6時

 場所は東京都大田区、羽田空港。

{canary、もう空港かい?}
「はい。あと一時間後には日本を出ます」

 カナリーは携帯電話を耳に当てて空港のロビーから滑走路を見下ろした。夕陽を背景に離着陸を繰り返す鉄の鳥達。

{今回は君には世話になったね。ありがとう}
「そんな。キングのお役に立つことが私の幸せですから」

彼女は携帯電話越しの主に向けて微笑する。

{旅立ちを見送りに行けなくて残念だ。君のような優秀な部下を持てたことを私も嬉しく思うよ}
「光栄です。年内には一度帰国しますので、その時はそちらにお伺いします」
{その時は盛大にパーティーをしよう。待っているよ}
「楽しみにしています」

 canary《カナリー》こと、沢井あかりはキングとの通話を終えて旅立つ鉄の鳥を眺めた。

(これで私の仕事は終わった)

 カナリー……それが沢井あかりの組織での呼称だ。今回のあかりの任務は組織の一員であるラストクロウ、佐藤瞬の監視。

あの静岡のペンションに宿泊した人間の中には組織の人間が“三人”紛れていた。カナリーである沢井あかり、ラストクロウの佐藤瞬、そしてスネーク。

ラストクロウとスネークは協力関係にあるが二人はあかりが組織の人間であることを知らない。ラストクロウとスネークを監視してキングに報告すること、組織について調べている小説家の間宮誠治の動向を探ること、これがあかりがキングに命じられた任務だった。

幸か不幸か、土砂崩れの影響で佐藤も間宮もペンションに留まらざるを得なくなった。それは偶然による必然。役者は揃った。
間宮誠治を殺す絶好の機会が訪れた。

 ショルダーバックにあるもうひとつの携帯電話が振動する。この携帯は今月で解約するはずだったが何故か解約しないまま持ってきてしまった“沢井あかり”としての携帯電話。

マナーモードの振動を続ける着信画面を見て彼女は動揺した。着信中の文字の下にある名前は木村隼人。
一度目を閉じ、呼吸を整えて通話ボタンを押した。

「……はい」
{ああ、俺。木村だけど}
「どうしたんですか? 先輩が私に電話なんて珍しいですね」

なるべく平静に、いつもの調子で。

{亮に沢井がアメリカ帰るって聞いて……}
「はい。実はもう空港にいます」
{あ、悪い。電話まずかったか?}
「出発までまだ時間があるので大丈夫ですよ」

本音は一刻も早くこの電話を終わらせたかった。しかしそうもいかない。