『隼人、俺も話がある』
『改まってなんだよ』
『あかりと別れた』
渡辺の報告に隼人は怪訝な顔をした。
『別れた? いつ?』
『静岡から東京戻ってきてすぐ。みんなで竹本の通夜に行っただろ? その帰りに』
竹本晴也の遺体も8日に静岡から東京に戻り、解剖を終えて通夜は9日に行われた。
通夜には隼人達ミステリー研究会のメンバーも参列した。彼の父親が国会議員であり、四年前の竹本の強姦事件も明るみになったことで通夜の会場には多くのマスコミが押し寄せていた。
『あかりから別れたいって言ってきたんだ。やっぱり俺が麻衣子を好きなまま俺と付き合い続けるのは辛いって言われた。そりゃそうだよな』
渡辺はビールを飲み干した。渡辺にしては荒れた酒の飲み方だ。
向こうから告白されて3ヶ月付き合っただけの恋人関係でも、別れのダメージが全くないことはない。
渡辺は麻衣子を想い続けながら他の女との恋愛には淡白なフリをしているが、実は情にもろい。それはこれまでの渡辺の恋愛を間近に見てきた隼人だからわかる事。
『さっきは何も言わないって言ったけど隼人はいいのか? 美月ちゃんがあの人を忘れるためにお前と付き合う選択をしても。お前もあかりみたいに苦しむかもしれねぇのに』
『それで美月ちゃんが笑ってくれるならそれでもいい』
『隼人って頭いいくせにバカだよなぁ』
渡辺は隼人の背中を軽く叩いた。飲み干されたビール缶が二つ、テーブルに並ぶ。
『ああ、あと……あかりはアメリカに帰るらしい。あっちにいる親が帰って来いってうるさいんだと。秋からはアメリカの大学に編入するって。別れた理由にはそれもある。あかりも日本には居ずらいのかもな』
『お前と気まずいからか?』
『さらっとグサッと来ること言うなよ。それだけじゃないだろ。あかりは間宮先生に可愛がってもらってたから先生亡くなってへこんでたし、日本にいるよりアメリカの方がいいんだろうよ』
『沢井はいつアメリカ帰る?』
アルコールで赤らんだ顔を左右に振った渡辺が力無く呟く。
『いつ帰るかは聞いてない。あかりも言わなかったしな。多分、夏休み中……9月には帰るんじゃねぇの?』
『アメリカね……』
隼人は携帯電話のアドレス帳の沢井あかりの文字を見つめ、あの雨の日の朝を思い出していた。
間宮誠治の死体が発見された8月7日の雨の朝……沢井あかりは……。