8月16日(Wed)午後6時
隼人は自宅の部屋の窓辺にもたれかかって、赤く染まる夕焼け空を眺めていた。
『仲間殺した男の女に惚れるなんてどうかしてるよな』
『ああ。本当にお前はろくでなしの大バカ野郎だ』
隼人の部屋のソファーに寝そべる渡辺亮は笑っていた。隼人は舌打ちしてふて腐れる。
『笑ってんじゃねぇよ』
『悪い悪い。で、告ってなんでそんなに落ち込んでる?』
『言わないつもりだったからさ。あの子がまだ立ち直ってないことはわかりきってる。俺の気持ち言って混乱させて困らせたくなかった。ASD……だっけ、そのこともあるし』
『麻衣子が言ってた急性ストレス障害ってヤツか』
隼人も渡辺も、心理学を専攻する幼なじみの麻衣子から現在の美月の症状は聞いている。
医者からASD(急性ストレス障害)と診断された美月の心の傷は他人の目には見えない。本人でさえも自覚のない心の深いところに大きな傷が潜んでいる。
『今の美月ちゃんに無理は禁物だ。だからもっと時間を置いてからって思っていたのに。なんで好きだって言っちまったんだろ』
こんな風に肩を落として溜息をつく幼なじみの姿を渡辺は初めて見る。憂鬱に翳る隼人の横顔は夕陽で赤く照らされていた。
『初めて本気で好きになった女がガキだと思ってた高校生、しかも殺人犯の恋人ってありえねぇだろ』
『いいんじゃねぇの? 好きになっちまったものはしょうがない。とりあえず、隼人が初めて本気で恋愛できたことと初めて失恋するかもしれないことに乾杯だな』
『乾杯するほどめでたいかよ』
窓辺を離れた隼人は渡辺からビール缶を受け取り、ソファーに並んで座った。
『そりゃめでたいぜ? 木村隼人、二十二歳にして人生初の失恋かーっ? ってな』
『お前、完全に面白がってるな。まだ失恋だと決まったわけじゃねぇよ』
渡辺と缶を触れ合わせてビールを喉に流し込む。ふと渡辺はあることを思い出して眉をひそめた。
『けどお前のセフレはどうするんだ?』
『それなら片付いてる。全員と別れた』
渡辺はしばし絶句していた。
『全員って……里奈とも?』
『そう』
『確か今は七人くらい居ただろ? その全員と? マジ?』
『マジ』
絶句の後に続くものは驚きの吐息。
『隼人がそこまで本気なら俺は何も言わねぇよ。しかしあの里奈もよく別れてくれたな』
『最後にバシーンとやられた』
隼人は里奈に平手打ちされた左頬を指差した。渡辺は苦笑してビールをあおる。
『里奈はそれくらいやりそうだ。美月ちゃんとは連絡とってるのか?』
『たまにメールはしてる。告白の件は気にしなくていいって言ってあるから、あの子の学校の話したり来年の受験の話したり、電話でも少しは笑ってくれるようになった』
美月の話をする隼人の嬉しそうな表情に渡辺は珍しいものを見ている気分だった。
(あの女たらしで女のことなら百戦錬磨の隼人が女子高生ひとりに一喜一憂してるとは。信じられねぇ)
隼人は自宅の部屋の窓辺にもたれかかって、赤く染まる夕焼け空を眺めていた。
『仲間殺した男の女に惚れるなんてどうかしてるよな』
『ああ。本当にお前はろくでなしの大バカ野郎だ』
隼人の部屋のソファーに寝そべる渡辺亮は笑っていた。隼人は舌打ちしてふて腐れる。
『笑ってんじゃねぇよ』
『悪い悪い。で、告ってなんでそんなに落ち込んでる?』
『言わないつもりだったからさ。あの子がまだ立ち直ってないことはわかりきってる。俺の気持ち言って混乱させて困らせたくなかった。ASD……だっけ、そのこともあるし』
『麻衣子が言ってた急性ストレス障害ってヤツか』
隼人も渡辺も、心理学を専攻する幼なじみの麻衣子から現在の美月の症状は聞いている。
医者からASD(急性ストレス障害)と診断された美月の心の傷は他人の目には見えない。本人でさえも自覚のない心の深いところに大きな傷が潜んでいる。
『今の美月ちゃんに無理は禁物だ。だからもっと時間を置いてからって思っていたのに。なんで好きだって言っちまったんだろ』
こんな風に肩を落として溜息をつく幼なじみの姿を渡辺は初めて見る。憂鬱に翳る隼人の横顔は夕陽で赤く照らされていた。
『初めて本気で好きになった女がガキだと思ってた高校生、しかも殺人犯の恋人ってありえねぇだろ』
『いいんじゃねぇの? 好きになっちまったものはしょうがない。とりあえず、隼人が初めて本気で恋愛できたことと初めて失恋するかもしれないことに乾杯だな』
『乾杯するほどめでたいかよ』
窓辺を離れた隼人は渡辺からビール缶を受け取り、ソファーに並んで座った。
『そりゃめでたいぜ? 木村隼人、二十二歳にして人生初の失恋かーっ? ってな』
『お前、完全に面白がってるな。まだ失恋だと決まったわけじゃねぇよ』
渡辺と缶を触れ合わせてビールを喉に流し込む。ふと渡辺はあることを思い出して眉をひそめた。
『けどお前のセフレはどうするんだ?』
『それなら片付いてる。全員と別れた』
渡辺はしばし絶句していた。
『全員って……里奈とも?』
『そう』
『確か今は七人くらい居ただろ? その全員と? マジ?』
『マジ』
絶句の後に続くものは驚きの吐息。
『隼人がそこまで本気なら俺は何も言わねぇよ。しかしあの里奈もよく別れてくれたな』
『最後にバシーンとやられた』
隼人は里奈に平手打ちされた左頬を指差した。渡辺は苦笑してビールをあおる。
『里奈はそれくらいやりそうだ。美月ちゃんとは連絡とってるのか?』
『たまにメールはしてる。告白の件は気にしなくていいって言ってあるから、あの子の学校の話したり来年の受験の話したり、電話でも少しは笑ってくれるようになった』
美月の話をする隼人の嬉しそうな表情に渡辺は珍しいものを見ている気分だった。
(あの女たらしで女のことなら百戦錬磨の隼人が女子高生ひとりに一喜一憂してるとは。信じられねぇ)