──またあの人の夢を見て夜中に目が覚めた。
また今夜も泣いていた。
最近はこんなことの繰り返しでめそめそ泣いてばかりで嫌になるよ。
夢の中のあの人は私に優しく微笑みかけていて、私も幸せに笑っていた。
だけど目覚めた瞬間にそれが夢だと知って絶望する。
目覚めた時には何もかも消えていた。
海の景色も潮の香りも、風の音も、一緒に食べたクッキーの味も、夜の海に浮かぶ満月も、ゆびきりした約束も、全部、幻。
唯一残っていたものは夢の香りだけ。
真夜中のひとりきりの部屋。ベッドを降りて机の引き出しを開ける。引き出しから取り出した物は子供の頃から大切に持っている宝箱。
祖母に貰ったアンティークのブローチ、親友が作ってくれた手作りの御守り、17歳の誕生日プレゼントに母がくれたムーンストーンのネックレス。この宝箱には大切な宝物が詰まっている。
この中にひとつだけ、他のものと雰囲気の異なる物がある。無機質なシルバーのアトマイザー。
あの夜の会話を思い出す。
“私も同じの買おうかな”
“アトマイザー持ってるからそれに入れてあげるよ”
そう、このアトマイザーにはあの人が使っていた香水が入っている。
私はアトマイザーの蓋を開けて香水を手首に吹き掛けた。あの人と同じ香りを纏うと、あの人に抱き締められているみたいに思えた。
こんなことをしたって、あの人に会えるわけないってわかっているのにね。
これは夢逢いの儀式。また今夜も、私は永遠と絶望の香りに包まれる。
夢でもいいからもう一度あなたに会いたい
夢の中だけでもあなたのぬくもりを感じたい
終わらない夢を……あなたと永遠に見ていたい……
眠ろうとした時、瞼の裏側に浮かんできた顔はあの人とはまた違う男の人の顔。
サッカーボールを追いかける子供みたいな笑顔の、彼の顔。
“好きだからだよ”
突然の告白。戸惑っているのに、ドキドキしていた。
わからない、わからない。
佐藤瞬? 木村隼人?
私は誰が好きなの?
誰に恋をしているの?