永遠と絶望を繰り返した真夏の夜の夢。あの時に佐藤に刻みつけられた身体中のキスマークは日に日に痕跡が薄れ、跡形もなくなっているものもある。
美月のその仕草を隼人は運転していても見逃さない。

『そこ、キスマークでもついてた?』
「えっ……」
『ペンションに美月ちゃんを運んだ時、服の間から見えてた。ごめん』

 それが何に対する謝罪なのか隼人もよくわかっていなかった。美月と佐藤が確かに結ばれた証を見てしまった時の隼人の言い様のない気持ちは、おそらく嫉妬と呼ぶ感情だ。

『今は焦らなくていいよ。少しずつ現実に戻っていけばいい』

嫉妬の感情を悟られまいと、つとめて穏やかに言ったつもりだったのに横目で捉えた美月は泣きそうな顔をしていた。

「どうして木村さんは私に優しくしてくれるんですか? こんな風に気遣ってくれたり……どうして?」

 そこで会話は途切れる。顔を伏せる美月と前方を見据える隼人。

『……優しくしてるつもりはないよ』

赤信号で車が停まる。片手でハンドルを掴んだまま隼人は答えた。

『俺は美月ちゃんに笑って欲しかっただけ』

車内にはしばらく無言の空気が流れた。信号が青になり車が再び走り出しても二人が口を開くことはない。

 美月の家の最寄り駅の上野毛《かみのげ》駅前で隼人は車を停める。偶然にも隼人の地元の二子玉川と美月の地元の上野毛は地区が隣同士だった。

「送っていただいてありがとうございました」
『美月ちゃん』

シートベルトを外してバックを手にした美月を隼人は呼び止め、腕を伸ばして彼女を抱き寄せる。

『どうして俺が美月ちゃんに優しくするのか教えてやるよ』

美月を抱き締める隼人の力が強まった。隼人の抱擁に胸がざわついて苦しい。それなのに、彼に抱き締められても不愉快ではない。

『好きだからだよ』

その言葉にまた、心臓が高鳴る。

『遊びじゃない。本気で言ってる。俺は美月ちゃんが好きだ』

 美月は何も言えず、ただ隼人の腕に包まれて彼の体温と香りに酔いしれる。

(佐藤さんとは違う香り、違うぬくもり。煙草も香水も佐藤さんとは違う。でもなんで? なんでこんなに……)

『返事は急がなくていい。ゆっくり気持ちの整理がついたら俺とのこと、考えてみて』
「……はい」

わからない。自分の気持ちがわからない。
どうしてこんなに、ドキドキしているの?