佐藤の転落現場から数km離れた地点に二人の男がいる。切り立った崖に面したその場所は丸太で作られた柵に囲われ、石畳で舗装された細い道は灯台に続いていた。

『さすがだね、スコーピオン。この距離でも正確な狙いだ』

丸太の柵に片肘を置いて双眼鏡を覗く年若の男がニヤリと口元を上げた。男はこの真夏でも黒のワイシャツに黒のスラックス、足元は黒の革靴、全身を黒に覆われていた。

『ありがとうございます』

スコーピオンと呼ばれた男は無表情に礼を述べる。彼は構えていたライフルを下ろした。

『しかしキング。始末はラストクロウだけでよろしいのですか? あの男は警視庁の刑事ですよ』
『いいんだよ。せっかくのラストクロウと可愛い眠り姫の悲恋の物語に余計な演出はしたくない』

“キング”が双眼鏡から目を離した。

『女に惚れて自殺を迷うとは愚かな奴です』
『まぁそう言うな。あの子を残して死ねない気持ちは私にも理解できる。それに自殺に失敗した場合のリカバーとして彼は私が指示したポイントにちゃんと来たじゃないか』

 海風がキングの前髪を乱す。彼は焦げ茶色の髪の毛を掻き上げた。スコーピオンは憮然としてライフルの片付けを行っている。

『おかげでこちらの仕事は増えましたが』
『だけど良いものが見れて私はとても満足している。さぁ、そろそろ静岡県警の到着時刻だ』

 キングは高級な腕時計で時間を確認した。間もなく午後12時30分になる。

『スパイダーから連絡がありました。ラストクロウ、間宮のパソコン共に内部データの破壊が完了したと』

自身の携帯電話の画面を見てスコーピオンがそこに書かれた内容をキングに報告した。

『我々に関する情報は一切残っていないな?』
『はい。ラストクロウと間宮の自宅はすでにケルベロスが片付けました。我々のデータが入るものはすべて回収したようです』
『よしよし。目障りな間宮も始末できた。新たな幕開けに相応しいプロローグになったね。……ふん。ようやく県警のお出ましか。それにどうやら見知った顔もくっついて来ているねぇ』

キングは今一度双眼鏡を覗くと、懐から黒色の携帯電話を取り出した。