「————馬鹿じゃん。未来ちゃんも、佐藤さんも……。こんなの、大馬鹿だよ……2人共……」




 微かに聴こえていたか細い心音が消えた時、私自身の心音も消えていく気配がした。


 もう痛みすら感じない。
 遠くなる意識に、一段と最期を実感する。
 


 ヒューっと吹き抜ける風と共に、徐々に遠くなる意識の中で聞こえた誰かの声。懐かしく感じる声色に一筋の涙が零れた時、突然目の前に沢山の花々が現れた。



 桜、菜の花、紫陽花、向日葵。
 秋桜、ポインセチア、パンジー。
 ノコンギク。


 他にも沢山の花が、季節感を無視して一堂に会している。


 その先で優しく微笑む、筋肉質の男性。



「一緒に行こう。未来(みく)
「……はい。みきさんと私。2人一緒なら、どんな“未来(ミライ)”も怖くないと思うのです————」


 差し出された手を握り、放たれる光に涙が滲む。


「2人で、1人を救ったな」
「……」
「未来……泣くなよ……」
「そんなの、みきさんこそ」
「俺は泣いてないし。てか、手紙読んだ?」
「……ふふーん」

 涙を拭い合い、そっと微笑む。
 そして、ポケットに入れていた みきさんからの手紙を取り出した。

「読めなかったから、持って来ました」
「……あぁ!? お前なぁ〜!! 持って来るな!! 恥ずかしいじゃん!!」
「そういう みきさんだって、持ってるでしょ? 私からの手紙」
「……バレた?」
「バレますよ」

 あの頃と同じように、意地の悪そうに舌を少し出した みきさん。私と同じようにポケットから手紙を取り出した。

 2人の想いが詰まった2枚の紙を、大切にそっと重ね合わせる。すると、放たれていた光が更に強まった。
 眩しいくらいに感じる輝きに目を細めると、みきさんは優しい声色で囁いた。

「……もう、楽になれる」
「はい。ずっと、一緒です」
「離さない」
「……離れない」


 ふわっと舞い上がった風に乗って、沢山の花びらが舞い散る。
 花の良い匂いに包まれて心満たされる中、不意に土筆(つくし)が視界に入ってきたりして。土筆の天ぷらを食べたがっていた みきさんを思い出し、また涙が零れた。

 無くなっていた記憶が、次々と蘇る。
 それは彼も同じだったみたいで、走馬灯のように駆け巡る数々の記憶達に、頭を抱え大粒の涙を零し続けた。


「そういえば俺、高校の体育教師だった」
「……そうです。みきさんは、“佐藤先生”だったのですよ」


 グラウンドに響き渡る、大きな“佐藤先生”の声。
 誰よりも遠く響く、明るい声色が……私は、何よりも大好きだった。

 私の記憶の中に残る。
 赤い笛を首から下げた、明るくて無邪気な笑顔。




「——ねぇ、未来。愛してるよ」
「……みきさん。私も、愛しています」



 溢れ出しそうな記憶に潰されそうで、自身の存在が消えてしまいそうだと実感した私たち。2人手を繋いで、最期の力を振り絞り、互いの名前を呼び合う。


 お互い見つめ合い
 愛の言葉を囁き合って。

 そうして
 顔を静かに近寄せて
 お互いの涙を拭い合いながら

 優しく、優しく。
 唇を重ねた。





 光に包まれ、消失していく私たちの意識。

 季節感を無視した沢山の花たちが、僅かな風に揺れている。
 
 真っ暗闇の中、最期に聞こえたサーッという音。
 それは、私たち2人の“未来(ミライ)”を願い、見送りをしてくれているような気がした————……。