side天羽萬里

琴宮がさっさと帰って行った後、俺は武人とか言う男と2人きりになった。
以前に琴宮が手を握ってくれた時、確かに彼女は"たけと"と言った。

何故か、頭に血が上ったのを覚えている。

その武人とか言う男と睨み合い、そいつは先に口を開いた。

「あまり、彼女に嫌がらせするのは止めていただけますか?」

「お前、俺がホテル王の天羽萬里だと知ってるのか?」

俺は言った。
最悪お前などクビに出来る。
そう心の中で付け加えた。

「知ってますが、それがどうかしたんですか?」

その男は強気に言い返してきた。

「お前は俺に雇われてる身だろ。
それをちゃんと分かってるのか、聞いてるんだが。」

「ふん。
失礼ですが、再就職先には全く困っていませんので。」

武人とか言う男は、俺の言葉を鼻で笑い、そう言った。

カチンときた。
いや、琴宮がコイツを好きだと思うと、ハラワタが煮え繰り返りそうだった。

「まぁ、再就職先には困らないとしても…
しょせんは、使う側と使われる側だってことだ。」

「天羽、あんた最低だな。
琴宮がそれを聞いたら、どう思うと思います?」

減らず口を叩くソイツにさらにイラッとした。

しかし、俺に仕事の電話がかかり、そいつも来栖(くるす)とか言うコンシェルジュに呼ばれ、俺たちは決着が付かぬまま別れた。

何故だ。
なぜ、こんなにもイライラするのか?

琴宮が誰を好きだろうと、俺には関係ないじゃないか?
だが、アイツの指が琴宮に触れ、彼女の髪を撫でるところを想像すると、俺はイラつきが頂点に達しそうだった。

アイツと琴宮がどんな関係かはわからない。
だが、俺はその時琴宮の全てを奪いたい、とそう思ってしまった。

そうだ、俺に手に入らないものは無いんだ…!
奪ってやる…!

その時は琴宮に対する心の底の思いなど、全く気づいていなかったのだ。

ただ、自分のお気に入りのおもちゃを取られた時のように、お気に入りの琴宮を俺が独占してやろう、と、そう思ったのだ。

手に入れる、心も身体も…

俺は相変わらず捻じ曲がった考えを捨てきれなかった。
幼少期の事があってから、人を金で買うようになっていた。
だから、琴宮も金で買えると思ってしまった。

彼女を手に入れるために必要な物は何だろう?
彼女を手に入れるために必要な金は幾らだろう?

後で振り返れば、アホだと思うが、その時の俺は純粋にそう考えていた。

それに、金で手に入らなかった物は今までになかった。

実際には、本当の笑顔と愛情だけは手に入らなかったのに…

そんな事すら俺は理解していないアホだったんだ。