映画の途中で、武人の携帯が鳴った。

私たちはプロのコンシェルジュである。
お客様のどんなご要望にもお応えする為、時には休みの日にもホテルに呼び出される事もあるのだ。

武人は映画ホールから出て電話に出たのだと思う。

私も彼の後を追った。

武人は電話を切り、深いため息を吐いていた。

「どうしたの?
武人。」

私は尋ねる。

「ドイツ人のお客様がスイートルームに急に来られたらしい。
通訳が居ないから戻ってきてくれってさ。
山野じゃ、ドイツ語が堪能とは言えないからな。」

武人は言う。

そう、コンシェルジュの中でドイツ語に精通しているのは、武人だけだった。
山野の付け焼き刃のドイツ語では細かな意思疎通は無理だろう。

「私も行くわ。」

「え、いや、いいよ。
せっかくだから、映画見てこいよ。」

武人は言うが、私だけ映画館でのんびりする事は性格上出来ない。

「私も英語なら話せるし、何か手伝えるかもしれないわ。」

私は言った。

そして、2人で映画を途中で抜け、ホテル・ヘブンリーフェザーに戻った。

スイートルームに向かうと、ドイツ人の男性のお客様はかなりイライラしているようだった。

武人が流暢なドイツ語で話しかけると、やっと少し安堵した表情を見せた。

「青葉チーフ、琴宮。
こちらのお客様の奥様が今日の夜やって来られるそうなんです。
そこで…
結婚記念日を祝って、氷のケーキを作って、テーブルに飾りたいそうなんです。
時間になったら、中のティファニーのネックレスが溶けて見えるようにして欲しいというご要望です。

可能でしょうか?」

武人はドイツ語の会話内容を簡略に言う。

「どうだ?琴宮。」

青葉チーフは私に話を振る。

「恐らく、氷のケーキはレストランのシェフに頼めばなんとか…
氷を固める時間と彫刻する時間が必要ですけど、武人、奥様は何時頃に来られるの?」

「20時頃にこのホテルに到着予定らしい。」

武人が言う。

「大丈夫か、琴宮?」

今は13時45分。
ギリギリ間に合うだろう。

「間に合わせます!
武人ネックレスをお預かりして!
今から氷の中に仕込まなくては…!」

私は来栖や山野にスイートルームの空調の温度の設定を操作するように指示した。

小さな氷で実験するようにも伝えた。

そして、レストランへ走った。

「無理だよ。
そんな大きな氷は用意できない。
簡単な彫刻なら可能だが。」

「そんな…!」

私はすぐに付近のレストランに電話をかけたが、巨大な氷は作れないという返事だった。

どうしよう…!?
製氷店は隣の県だ、行って帰って、とても間に合わない!
それにネックレスも入れないといけないし…!

そう思って焦っていたその時、仕事用の携帯が鳴った。








天羽オーナーからだった。