side天羽萬里(あもうばんり)

久しぶりに嫌な夢は見なかった。

あれだけガンガンした頭も、痛みは嘘のように治まり、俺は温かい手のぬくもりを感じながら熟睡した。

目が覚めた時、夢だと思った俺の手は確かに誰かに握られていた。
そして、それはベッドにもたれかかって眠る琴宮の手だった。

なぜか、一筋の涙が出た。
俺は具合が悪い時でも、手を握ってもらった事なんて、両親にも、もちろん、コンシェルジュにも無かった。

初めての看病をしてくれたのは、俺の嫌いな嫌いなコンシェルジュの鏡みたいな、琴宮だった。

琴宮が俺の幼い頃のコンシェルジュだったなら、俺はこんなに苦しい思いはしなかったのだろうか…?

その手のぬくもりは、俺をそう悩ませた。

馬鹿な…
一度手を握られたくらいで…

女と手を握った事など…

ん?
あったっけ?

そう言えばSEXの経験は多いが、手を握った事はほとんど無かった。

「琴宮、おい、琴宮…
起きろ…」

俺は彼女を揺り起こそうとする。

と、

「ん…
た…けと…
もう少し…」

彼女は確かにそう言った。

"たけと"、と。

その瞬間、俺は何故か頭に血が昇った。

琴宮をベッドに引き上げ、上に覆い被さった。

無茶苦茶してやる…!

そう思った。

その時、彼女は目を覚ました。

「あも…う…オーナー…?
あれ、わた…し…」

「よくも俺を騙してくれたな、この売女(ばいた)…!」

「騙し…?
え、何のこと…?」

そう言う彼女の唇を奪った。

「んん!
やめっ…!」

そして、相変わらず俺は琴宮に平手打ちされた。
いつものパターンだ。

「お前が…
悪いんだ…っ…」

しかし、俺は彼女の唇にもう一度貪り(むさぼり)ついた。
自分を止められなかった。
彼女の舌は滑らかで柔らかく、甘い味がした。

「いやぁ!」

彼女は泣きながら、オープンロイヤルスイートから出て行った。
彼女の泣き顔を見たのは、それが初めてだった。

なんで、俺じゃ無いんだよ!
"たけと"って誰だよ!

許さない…
こんなにコケにされたのは生まれて初めてだった…

その手の温もりに、ほんの少し心を開きかけていた。
だから、余計にイラついた。

俺は久しぶりにリビングルームに出た。
汗をぐっしょりかいていたので、シャワーに入った。

頭痛が無いという事がどれだけ幸せな事か、そう思った。
だけど、他の男の名を呼んだ琴宮を許せなかった。

コンシェルジュに冷たくされ始めた頃から、俺は片頭痛を起こすようになった。
酷い時には、何度も嘔吐した。

それさえ、冷たい目で見られた。

くそっ、琴宮を見ると、あの頃から成長してないみたいに弱くなる…!
俺はもう、誰よりも強いはずなのに…!

「こと…みや…か…」

俺はそう呟いた。
徹底的に堕としてやると…