繋がり見えてくるもの



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朔夜side



父さんの死は、俺にとって例えられないほど大きな出来事で。
3月30日の17時になった今でも、まだ実感が湧かない。
家に帰ってこないだけで、本当はどこかにいるのではないか。
困っている人を助けでもして、家に帰ってくるのが遅くなっているだけなのではないか。
海洋散骨をしたのは他でもない俺と母さんなのに、こんなことを考えてしまう。
俺が4歳の時から12年間ずっと一緒だったあなたは、俺に大きすぎる影響を与えた。
そんな存在のあなたが急にいなくなるなんて……



信じられないよ、父さん……っ



唯鈴は、いつもなら「おはよう」と部屋を訪ねてくるけど、今朝は来なかった。
俺が1人になりたがっているのを、察してくれたのだろう。
昨日冷たいことを言ってしまったのに、唯鈴はこんな時でも俺に優しくしてくれる。
でもそれが、返って余計に自分を惨めに思わせる。
自分でも、本当に面倒臭い奴だと思う。



部屋に閉じこもって何もしていない俺とは違い、唯鈴は今日、昴たちと会っているようだった。
窓を開けた時、3人の声が聞こえてきたのだ。



「ゲーセン楽しかった〜!」
「昴クレーンゲーム上手すぎじゃない?」
「だろ〜?俺の特技!」
「私は相変わらずひとつも取れないよ〜」



どうやら、ゲームセンターで遊んできたらしい。



唯鈴は俺と話せなくても、何ともないんだな。



「じゃあもう暗くなってくるし、解散しようぜ。またな、唯鈴!」
「まったね〜!」
「また」
「うん、バイバイ3人ともっ」



唯鈴以外の3人が同じ方向へ帰っていく。
3人は何も感じなかったようだが、俺はある違和感を覚えた。
それは、唯鈴が「またね」ではなく「バイバイ」と言ったことだ。



今まではずっと、またねって言ってたのに……
何でだ?



俺は、この時忘れてしまっていたから、その理由に気がつけなかった。
唯鈴が、余命わずかであることを。







3月31日。
4月1日の前日というのもあり、目覚めはあまり良くない。
それに唯鈴の誕生日パーティの準備だって、何も出来ていない。
それでもとりあえずはいつものルーティンをこなし、部屋にまた戻ってくる。
窓を開けて水平線を眺めていると、思ってしまう。



なぁ父さん……朔夜って、いつもみたいに呼んでくれよ……



綺麗な海がすぐそこに見えるこの家は、とても気に入っている。
でもこんな時は、海が見えると感傷的になってしまう。
父さんが海が好きな人じゃなかったら、こうはならなかっただろう。
感傷的になりはするものの、なぜか目が離せなくて、眺め続けること10分。
俺は、ふと思い出す。



そういえば……初詣の時、唯鈴は何にあそこまで驚いていたんだ?
あの石碑のようなものに書かれていることと関係があるのは間違いなさそうだが……



疑問に思い始めると、どうしても理由が気になっていても立ってもいられなくなったため、俺は捧命神社へ行ってみることにした。



唯鈴と歩いた道、唯鈴と乗った電車、唯鈴と上った階段。
以前と変わらぬように辿っていく。
そしてそれも、変わらずそこにあった。



「捧命……神社……」



1人で来ると、その静けさが余計に伝わってくる。
少し肌寒い気もする。
俺はなるべく早く帰ろうと、すぐあの石がある場所へ向かった。



「これ……だよな」



そこには、前も見た4文が変わらず彫ってあった。
この文に何かおかしい所は無いか、声に出して読んでみる。



「捧げる側の者。その者たちは確かな一族である。自覚なき者も存在し、自覚なき上で人を救う。100年の命の尊さを忘れてはならない……」



おかしな所は見当たらない。



暗号にしてあるとか……?



そう思い、斜めに読んでみたり平仮名の部分だけ読んでみたりするが、隠され文らしきものは見つからない。
だから、次は唯鈴が立っていた場所と同じ位置に立ってみることにした。



石碑の文字が彫ってある面を、横にして見るような場所。



「?……あ!」



そこで俺は、大きな見落としに気がつく。
石碑の裏面にも、文字が彫ってあるのだ。
確かに横から見れば、この裏面の文字も目に入る。
なるほどな、と納得しながらも、まだ解けない謎のために裏面の文字に目を通す。



『捧げる側の者

稀に一年の命を残す者が在る

その者たちは何時かまた現れる

救いの手を差し伸べるために』



表面と同じく4文で、捧げる側の者とやらについて説明がしてあった。



表にも“捧げる側の者”って……一体なんの事だ?
一年の命を残す……って、俺たちが生きるために必要な、あの命だよな?
ってことはまさか、捧げるのは……命、なのか?



混乱すると同時に、今までのおかしな点が繋がっていく感覚に陥る。



唯鈴が一年と呟いていたのは、この裏面にある一年のことなのは間違いなさそうだ。
そして仮に、捧げる側の者が捧げるのは、命だとする。
そんな捧げる側の者の中で、百年分の命のうち、一年分だけ残してしまう、“捧げ切れない者”がいる。
そしてその捧げ切れない者は……誰かを助けるために、また現れる。



文の意味が分かったのはいい。
でも、それが……



唯鈴のことを示しているような気がしてならないのだ。



母さんが言っていた、俺が5歳の時に、海で一緒に溺れてしまった女の子。
その子は行方不明で、俺は奇跡的に助かった。
まずその時に、その女の子が俺のことを助けたのだとしたら……?



去年の4月1日。
突然“海に現れた”唯鈴。
それは、俺を助ける時に命を捧げ切れなかったから、この文の通りに、また、俺を助けるためにやってきた……?



それが事実だとすると、唯鈴は俺を助けるために、自分の命を俺に捧げ……余命一年となって、また現れたということになる。



俺が唯鈴に、ネットに投稿した絵に対して言われるコメントで、苦しんでいるということを話した時。
当時は意味が分からなかった、唯鈴の言葉。



『でも……そっか、なんで“今”なんだろうって思ってたけど、そういうことだったんだ。“また”、朔くんを助けるために、私は……』



より鮮明に真実が見えてきて、俺は吐き気を覚える。



だって、だとしたら唯鈴が死んじゃうと言ったのは……俺を助けるために命を捧げたから。
唯鈴が余命わずかなのは、唯鈴を救いたいと願っていた……他の誰でもない俺のせい。



「お、え……っ」



胃液の不快な味が口に広がる。



そして実際、ネットのコメントにやられて死のうとしていた俺を、父さんの死から逃げようとして死のうとしていた俺を、唯鈴は止めてくれた。



『救いの手を差し伸べるために』



「う……そ、んなこと……あって言い訳が……っ」



父さんの死よりも大きな衝撃を受けた俺は、更にあることに気がつく。



待て……待てよ。
唯鈴が余命一年になって現れたなら……



唯鈴と出会ったのは、2034年の4月1日。
今日は……



「……2035年、3月、31日……」



唯鈴の命日が今日であることに、頭が真っ白になった時。
母さんから、電話がかかってきた。
なんとか画面をスワイプして、スピーカーモードにする。



『あっ、もしもし朔!?唯鈴ちゃんが今、リビングで倒れちゃって……っ救急車は呼んで多分〇〇病院に運ばれると思うんだけど、私……っ』



唯鈴が倒れた。
その言葉に俺はなんとか立ち上がると、これ以上ない速さで階段を下り始めた。







「はあっ……はあっ……はあっ」



胸が痛い、苦しい。
息が荒い、足が絡みそうになる。
それでも、俺は走り続けなければならない。
君のもとへ、行くために。



あの日、海で唯鈴が「よかった」と囁いたのは、俺が生きていることを確認したから。
自分はちゃんと、命を捧げられていたということが分かったから。
おんぶが分からなかったのも、そもそもおんぶを知らなかったから。
母さんに買ってもらった服を受け取りづらそうにしていたのも、唯鈴には将来が無く、お金を返せないから。
死んじゃうんだと言って泣いたのも、自分に残された時間が少ないと分かっていたから。
パニックになったのは、自分が捧げる側の者だと知ったから。
自分たちは両思いだと知っていながらも「ありがとう」しか言わなかったのは、余命わずかな自分と付き合うのは可哀想だという唯鈴の優しさから。
昴たちに「またね」ではなく「バイバイ」と言っていたのは、もう会えないと分かっていたから。



そうとも知らずに俺は、唯鈴に当たったり、自分を嫌ったり……
母の口から聞いた、過去の話。



『結構危ない状態だったけど、奇跡的に助かって……でも、朔と一緒に溺れてしまった女の子は、今も行方不明なのよね……』
『とても綺麗な名前だと思った記憶はあるんだけど……』
『朔がショックのあまり忘れてしまったんじゃないかって、お医者様が』



あの時点で気づくべきだったのに。
こんな救いようのない人間を救った唯鈴が、可哀想にすら思えてくる。



当時の唯鈴は俺と同じ5歳。
捧げることが出来なかった一年を除いて、俺は唯鈴に94年分の命を捧げさせてしまった。
そして俺はその命を、自殺して捨てようとしていたなんて。
何が唯鈴を大切にするだ、救いたいだ。
大切にするどころか、何度も何度も傷を負わせて。



唯鈴には、もう時間は残されていないのに……っ



今までだって、俺は常に愚かだった。
俺は唯鈴に相応しくない、と唯鈴の気持ちを受け入れなかったくせに、勝手に期待して自分から告白し、「ありがとう」の一言で終わらせられた。
でもやっぱり、唯鈴とずっと一緒にいたくて。
そう望んでいるくせに、約束は破ろうとするし。
唯鈴がそれを許してくれたとしても、自分からすれ違いの原因を作り出す。
こんなに面倒な人間、他にいるだろうか。
でもこんな俺を、唯鈴は好きだと言ってくれた。
その言葉を、面倒臭い自分なんか置いておいて、最初から素直に信じていたら……っ
後悔してももう遅い。
でも、今すぐ彼女のもとへ行って、意味の無い謝罪をすることくらいは出来るから。
俺はただ、ひたすら病院に走り続けた。