醜い姿を知られてでも
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朔夜side
2週間と少し前に夏休みが終わり、今は9月中旬の土曜日。
でも夏の暑さは今も続いていて、長袖なんてとても着れそうにない。
唯鈴とずっと一緒にいると約束したあの日からは、2ヶ月弱が経過した。
最近ネットを見ないようにしているということもあってか、死にたいとは思うことはなくなった。
昴たちとも、前よりは仲良く出来ていると思う。
でも、唯鈴を救う方法は何一つ思い浮かばない。
何せ、唯鈴が死んでしまう理由が病気だったとして、その病名が分からないのだ。
ならなんの仕様もない。
毎日、唯鈴の幸せを願ってはいる。
でも、神はきっと俺に怒っているだろうし、とても叶えてくれるとは思えない。
それにそもそも、神が存在するかも分からないのだ。
だから願っても、無意味のようにも思える。
けれどそうでもしていないと、無力な自分に腹が立ち、変な気を起こしてしまいそうだから。
唯鈴との約束を破ってしまうのは避けたいし、不確かな神へ願う日々を送っている。
そんな今日、俺と唯鈴は母にお使いを頼まれている。
食材を、それも結構な量の。
少しだけだとしても、昼になると暑さが増すので、なるべく朝のうちに済ませておきたい。
そう思い、現在時刻は午前の8時。
身支度を済ませ、これから家を出ようといった所だ。
唯鈴が中々部屋から出てこないため、ノックをして声をかけてみる。
「唯鈴、準備出来たか?」
「あっ、ちょっと待って!」
ほんの数十秒後。
準備を完了したらしき唯鈴が出てきた。
そして、俺はあることに気がつく。
「今日はポニーテールなのか?」
そう、珍しく唯鈴がポニーテールをしていたのだ。
可愛いな……って、思うだけでも恥ずいな……っ
唯鈴にその一言を伝える日はまだもう少し先になりそうだ。
「そう!どう?似合ってるかな?」
「っ……」
まさかの質問だ。
なるべく可愛いと伝えてあげたいが、俺の心臓がもたなそうだから。
「ああ、似合ってる」
「やったあ!」
嬉しそうにする唯鈴を見てホッとする。
可愛いと言わないことで悲しませるかと思っていたが、大丈夫そうだ。
唯鈴は上機嫌のまま階段を下り、玄関へ向かう。
「じゃあ、早速行こうっ」
「階段から落ちるなよ〜」
「大丈夫ですぅ〜」
ほんとかよ、と思いながらも口には出さずに後をついて行く。
そして靴を履き、母に行ってきますと言って家を出た。
「まだ8時だけどやっぱり暑いね〜」
「そうだな」
ここからまだ暑くなると思うと、自然と足が早く動いた。
「ちょ、ちょっと朔くん!歩くの速いよ〜!」
唯鈴が後ろから駆け足でやってくる。
つい唯鈴を置いていってしまった。
「悪い。暑くて足が勝手に……」
「あははっ、しょうがないよ、この暑さだもん」
唯鈴の寛大さにはいつも驚かされる。
逆に何をしたら怒るのか気になりながら、今日も優しいなと思っていると。
「ってことで、私がまた置いてかれちゃったらいけないから、手、繋ご?」
「なっ………」
唯鈴の誘いに俺はたじろぐ。
……嫌な訳じゃないけど、手繋ぐとかしたことないから手汗ヤバくて引かれたりしねぇかな……
なんて気にしていると、そんなことを気にする俺がキモイことに気が付き、俺はすぐに手を差し出した。
「……ん」
……いや、差し出したとは言えないかもしれない。
でも唯鈴はそんなこと気にしていないようで、顔をぱあっと明るくして俺の手を握ってきた。
「!やったっ……って、ふふっ。朔くん耳赤いよ?」
「……しょうがないだろ」
好きかどうか以前に、唯鈴は世間的に見ても可愛い顔をしている。
そんな子と手を繋ぐなら耳が赤くもなるだろう。
まぁ、俺も男子高校生だということだ。
意識しているのは俺だけか、と思い唯鈴の方を見てみると、唯鈴も少し頬が赤かった。
っ……そっちもじゃねぇか……
落ち着かない、スーパーに着くまでの10分間。
その後の会話はよく覚えていないけど、天気がどうやらの話をずっとしていた気がする。
今まで恋愛などをしてこなかった俺がかっこよく振る舞えるはずはないけれど、心の中でちょっとくらい出来るだろ、と思っている自分がいた。
でも現実はこのザマだ。
恋愛とは勉強の何倍も難しいことを知る。
スーパーに着いたので、これから買い物をする間はカゴを持ったり商品を手に取ったりと、中々手を繋げないだろう。
心を落ち着かせるのには丁度いい時間だ。
だから別に、もう少し繋いでいたかったなんて思っていない。
「朔くん、何ぼーっとしてるの?早く入るよ!」
「え?あ、ああ」
本心を隠すのも至難の業だな。
なんて学びを得ながら、俺たちはスーパーの中へと入った。
「朔くんお醤油ってどこ?」
「確かあっちにあったと思うぞ」
「そっか、ありがとうっ」
そうして醤油などの調味料が売られているコーナーに向かっている途中。
牛肉の試食が行われていた。
「えっ、朔くん何あれ!」
「ああ、唯鈴は見たこと無かったか」
何せ試食はたまにしか行っていないから、唯鈴と出会ってもう5ヶ月だと言うのに、まだ遭遇したことがなかったようだ。
「あれは試食って言って、試しに商品を食べることが出来るんだ。もし食べてみて美味しかったら、その商品を買おうと思う人が出てくるだろ?店側はそれで客が商品を購入することを狙ってるんだ」
「なるほど!でも、私はそう簡単に買わないぞ〜?だって、毎日椿さんの美味しい手料理を食べてるからね!」
と唯鈴は試食する気満々で、すぐに「1つ下さい!」と言って食べに向かった。
俺も食べてみる。
味付けは塩コショウというシンプルな味付け。
でも……
「うまいな……」
「おいしい〜っ!」
2人で声を上げて絶賛した。
そこで俺は、光の速さでカゴに牛肉を入れている唯鈴に気がつく。
「おい唯鈴、簡単に買わないって言ってたのはどこのどいつだ?」
「だって〜……ふふっ」
「笑って誤魔化すなよ?俺は見逃さないぞ」
「だって自分でもおかしくてっ……手のひら返すの早すぎるよっ」
結局、母に渡された買い物リストに含まれていない、牛肉も買って帰った。
きっと帰ったら母さんは、「唯鈴ちゃ〜ん?」なんて言って全く怖くない黒い笑みを浮かべてくるのだろうけど、結局は唯鈴が可愛くて簡単に許してしまうのがオチだ。
そう帰ってからの光景を想像していると、家まであともう少しの場所まで戻ってきていた。
時刻は午前9時15分。
家からスーパーまでの歩く時間も入れて計算すると、スーパーには1時間ほどいたことが分かった。
そして、外の気温に変化を覚える。
やはり、8時よりも少しだけ気温が上がっている気がする。
この暑さはいつになったら終わるのやら。
一帯を照りつける日光にうんざりしていると、唯鈴が
「ねっ、海行かない?」
と言い出した。
「生物もあるのに、ダメに決まってんだろ」
「え〜、じゃあ1回家に帰ってからまた来よ?」
暑いのは嫌なんだけど。
「そんなに行きたいのか?」
「うん!暑いから余計にねっ。足だけでも海に入って、涼しくなりたい!」
……確かにそれは一理ある。
「じゃあ荷物置いてからな」
「うん!」
そして俺たちは一度家に帰り、買ってきた食材を片付けてから海へと向かった。
「ひんやり気持ちいい〜っ」
「だな」
足を冷たい海水に濡らし、風を感じ、涼しさで体が包まれる。
直射日光でも海に入っていればそれなりに涼しい。
来て正解だったと、10分前の自分を褒めたくなる。
足元の海水を眺めていると、唯鈴が俺に海水をかけてくる。
「……やったな?」
「きゃー!朔くんこわ〜い!」
「ほらっ」
「わっ!」
お返しに俺も海水をかけてやった。
それに唯鈴は更にやり返してきて。
しばらくの間、お互い海水をかけ合っていた。
その時、海水を手で跳ねさせて、濡れながら笑っている唯鈴が、とても綺麗で、愛らしくて。
……唯鈴、そういや自分の絵を描いて欲しいって言ってたな。
もしいつか、心の整理がついて絵を描くことになったら。
その時はここで、水平線を背景に笑っている唯鈴を描こう。
きっといい絵が出来る。
でも、その「心の整理がついた時」がいつ来るのかは分からない。
今こうしている間も、唯鈴の命は削られていっている。
だからもしかしたら、唯鈴が生きているうちに絵を描くことが出来ないかもしれない。
そう思うと、急に“俺のこと”を、唯鈴に知ってもらいたくなって。
「……唯鈴」
「なあに?」
「聞いて欲しい話があるんだ」
「……うん、分かった!」
汚く弱い、俺の姿。
でも何故か、話しておかないと後悔するような気がしたから。
俺と唯鈴は一度海から上がり、波から少し離れた所に座る。
「……俺が絵を描くのが趣味なの、知ってるよな?」
「うん」
「それと前……入学式の日。俺が昴にカッとなったのは、あの話が絵に関わってたからなんだ」
水平線を眺めながら、唯鈴に俺の話をする。
例え、醜く思われたっていいから。
「俺さ、中一の時からネットに絵を投稿し始めたんだけど、全然いい反応がもらえなくて。でも母さんや昴たちは凄いって言ってくれるから、どっちが本当なのか分からなくなって、頭がパニックになったんだ。母さんたちの言ってくれることが本当に決まってるのに、俺に気を使って本当のことが言えないんじゃないかって。そして俺は、母さんたちを疑ってしまった自分を嫌いになった」
今だって嫌いだ。
なんなら、今まで以上に。
なぜなら最近、周りの評価どころか自分の絵もよく分からなくなって、あまり絵を描けていないからだ。
でも死にたいとは思わない。
そんな日々が続いている。
「それに俺は、心を病んだ俺を心配してくれる人にも当たってしまう。この気持ちを知らない奴にそんなこと言われたくない、って。だから、今まで何度も死のうと思った。唯鈴は絵が描ける俺をかっこいいって言ったけど、全然そんなことない、ただのガキだよ」
今まで、何度も大切な人を傷つけてしまった。
その理由はこんなものか、と自分でも思うし、思われるだろうけど。
それほど、俺にとっての絵は大切だということを、分かって欲しい。
「こんな奴の絵なんか良くないに決まってるよな。そう心のどこかで分かってるのに、やっぱり絵が好きで。でもこんなわがままな自分も嫌いで。唯鈴だって抱えてるものがあるのに何もしてやれない俺は何をやってるんだとか、生きてても意味無いとか、親不孝者とか……」
「はいストーップ!」
急に隣からそんな声が聞こえてきて、俺の心臓が飛び跳ねる。
「自分のことそんなに悪くいっちゃダメでしょ?」
「……ごめん」
「分かればい〜のっ」
敢えていつもの明るい声で話してくれていると思ったら、次の瞬間にはもう落ち着いた声をしていて。
「でも……そっか。なんで“今”なんだろうって思ってたけど、そういうことだったんだ。“また”朔くんを助けるために、私は……」
唯鈴が何を言っているのか、理解が出来ない。
何かを懐かしむような目をすると同時に、少し嬉しそうな顔をする。
でもそれは、満面の笑みではなかった。
困った顔をする俺に気づいた唯鈴は、ハッとして話を続ける。
「それと朔くん。私に何もしてやれないって言ってたけど、私はもう十分、たくさんのものを貰ってるよ」
「え……?」
「ただいまが言える場所、親切にしてくれる人、いつも楽しませてくれる個性豊かな友達、そして朔くんとの日々。私は、朔くんと過ごせるたけで毎日が幸せなんだよ?」
「っ今が……幸せ、なのか?」
そんなはずない。
唯鈴を救う方法も分からないままで、むしろ俺の方が唯鈴の笑顔に助けられて……
「うんっ、すっごく幸せ!」
「っ………」
良かった。
唯鈴が幸せでいてくれるなら、俺は……
もう何も、望まない。
「それにやっぱり、朔くんはかっこいいよ!“見ず知らず”の私を助けてくれたんだからっ」
そう言った唯鈴は、今度は少し悲しそうな表情をする。
それはなぜ?
そう考える暇を与えないかのように、唯鈴は続ける。
「ねぇ朔くん。朔くんは私の言葉を信じられる?」
唯鈴の言葉。
優しさで溢れる、唯鈴の言葉。
今までも、きっとこれからも、それは俺の心を快晴にしてくれるだろう。
もし唯鈴がいなかったら、昴たちとの関係は崩れていたかもしれないし、俺はこの世から消えていたかもしれない。
そうなっていないのは、全て唯鈴のおかげだ。
そんな、唯鈴の言葉は。
「ああ、信じられる」
その返答に、唯鈴はニコッと笑って。
「じゃあ……さ、朔くん。あっ、無理だったら全然断ってくれてもいいんだよ?その……朔くんの絵が、見てみたいの」
俺の絵を……?
「それはつまり、今描けってこと?」
「違う違う!写真のフォルダとか、そういうのでいいから。朔くんがどんな思いをのせて絵を描いてるのか、知りたいんだ」
もし絵を投稿しているアカウントを見せたら、悪い言葉も見られてしまうことになる。
でもなぜか、唯鈴には見せてもいいじゃなく、見て欲しいでもなく、“見せたい”と、そう思った。
「ダメかな?」
こてんと首を傾げて遠慮がちに尋ねてくる唯鈴。
「いや、俺自身唯鈴に見せたいと思ったし。えーと……はい、これ」
俺はスマホの電源を入れ、絵を投稿しているアカウントを開いて見せる。
「ありがとう!……って、え!?これ全部朔くんが描いたの!?」
「ああ」
「えっ、すごいすごい!私こんなに素敵な絵、初めて見るよっ」
「……そうか?」
座っているのに、飛んだり跳ねたりしているように見える唯鈴。
流石にそれは大袈裟じゃないか、と素直に喜べない。
俺のために、無理して言ってるんじゃ……
いや、何を言ってるんだ、俺は。
唯鈴の言葉なら信じられるんじゃなかったのか。
ここは素直に、喜んでいいんだ。
お世辞なんかじゃなく、これは唯鈴の本心だ。
ここまでちゃんと嬉しいと思ったのは、いつぶりだろう。
いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
胸がじんわり熱くなって、涙腺が弱る。
「あ!この海の絵、ここから描いた絵だよね?色使いが綺麗すぎて、なんか、もう……やばい!」
「っ……ありがとう」
「私専門知識とか無いし、すごいことは言ってあげられないけど……朔くん、って感じがするなぁ」
「え?」
今まで両親や昴たちには、朔夜にしては鋭い絵を描くね、なんてことを言われてきた。
鋭く思うかは人それぞれだけど、あまり自分と似ていない絵を描くね、と。
だから真逆のことを言われて驚いた。
「この絵が、俺っぽい?」
「うんっ。すっごく朔くんって感じがする!特に……この絵とか!」
そう言って唯鈴が指さしたのは、俺が高校に入る前に描いた最後の絵だった。
明暗だけで描いた、カラスの絵。
高校に行くのが本当に嫌で、俺はあんな所よりももっと広い場所へ行きたい。
でもそこへは行けないという諦めの気持ちを、普段は自由に空を飛べるのに、固い蜘蛛の巣に囚われて飛べないでいるカラスで表したもの。
「何に対してなのかは分からないけど、嫌だって思う気持ちがすごく強く伝わってくる。全体的に真っ暗で、太い筆で、乱すように。でも朔くんは優しいから、それが細い筆で描いた繊細で丁寧な表現に滲み出てて……」
唯鈴の語彙力を尊敬していたら、唯鈴は急に口をつむぐ。
どうやら、アンチコメントが目に入ったようだ。
いざとなると、冷や汗が出て心臓の音が頭に響く。
唯鈴はどんな反応をするのか不安で、目線を水平線へと向ける。
そして喉を鳴らし身構える。
何も言わないな、と思っていると。
右隣から、すすり泣くような音が聞こえてきた。
そう、唯鈴は泣いていた。
そして体や手は少し震えていた。
「は、ちょ、唯鈴?だいじょう……」
体調でも悪いのか、もしや唯鈴が死ぬと言っていたことと関係があるのでは無いかと、慌て、心配する。
そして顔を覗き込むと。
唯鈴は悔しそうな顔をしていた。
……まさか、怒ってる、のか?
予想外の反応に俺は戸惑う。
そしてか弱い泣き声で、唯鈴は言った。
「……どうして、朔くんの優しさが伝わらないのかな?」
「っ」
「朔くんは、お友達から好かれて、椿さんたちにも愛されて、私だって朔くんのことが好きで。それは、他の誰でもない、朔くんだからなのに……っ朔くんが、いいからなのに……っ」
俺がいいという言葉に幸福感を覚えると同時に、唯鈴に泣かれてしまった俺は胸が締め付けられる。
唯鈴は笑って、笑って、笑って。
その一心で、俺は慰めになるかも分からない言葉を、唯鈴に投げかける。
「唯鈴、会ったこともない人たちの評価で泣くとか、涙が勿体ないぞ。だから、泣くな……泣かないでくれ……」
そしてほんの数秒後。
俺は、唐突に自分から出た言葉に気付かされる。
……そう、そうだ。
俺のことを何も知らない人たちが言っていることなのだから、何も気にする事はないじゃないか。
そう思うと、心が軽くなったような、視界が開けたような気がした。
「それに俺、最近はこんなことを言われても大丈夫なんだ」
「……どうして?」
「ネットから離れたっていうのもあるけど、やっぱり一番は……唯鈴がいてくれるから」
何度も何度も唯鈴の笑顔に助けられた。
それは、3年前から俺の心を蝕んできた暗闇を、眩しい光で消し去るほどの力を持っていた。
「っ……私、朔くんのためになれてる?」
「ああ、むしろ十分なくらいだ」
「よか、ったぁ……」
俺は、その唯鈴の言葉に、唯鈴と出会った日のことを思い出す。
そういえばあの時……浜辺で倒れてた唯鈴が、1度目を覚ました時。
あの時も、よかったとか言ってなかったか?
俺のことを見て言ってたよな。
よかったって、何のことだ?
「……くん」
いや、俺は関係なくて、自分が目覚めたことがよかったのか?
また意識失ったけど。
「朔くん!」
そこで俺はハッとする。
「えっ?あ、悪い。考えごとしてた……」
自分の世界に入って、唯鈴の声を聞けていなかったようだ。
「もう朔くん?大事なお話、だよ?」
「ほんと、悪い……でもさ、俺ほんとに大丈夫だから。死のうとなんてせず、ずっと唯鈴といる。約束しただろ?」
「うん」
「だから、唯鈴も笑顔でいてくれ」
「うんっ」
そして、唯鈴の涙を最大限優しく拭った。
「暑いしもう1回入っちゃおっか?」
泣き止んで数分したら、唯鈴はもうすっかり普段の唯鈴へと戻っていた。
「そうするか」
「じゃあほら、朔くん行こう!」
そして俺の手を握って、海へと駆ける唯鈴。
その姿は、この世の汚れ穢れたものから1番遠い存在に思えた。
そんな彼女に自分のことを打ち明けられて良かった。
まぁ、打ち明ける勇気が出たのも、唯鈴のおかげだけどな。
改めて、水平線を背に清々しいほどの笑みを浮かべる唯鈴の姿を見て、目に焼きつける。
……ああ、世界が、広い……
自分の思い込みが作り出した重い荷物が、肩から下りて心が晴れた、そんな日のこと。