――え、もしかしてあの映画のお料理監修したの葵さんなの?

そう思わせるくらい迷いのない流れるような手際の良さに思わず舌を巻いてしまった。鼻歌を歌いながらあっという間にチキンライスを作り、お皿に盛りつける。そして次に作ったのはオムレツだ。フライパンの上でぷるぷるのオムレツが出来上がったときには「お、おぉ……!」と奇跡が起こったときのような反応をしてしまった。オムレツが崩れないように、そうっとチキンライスの上にのると――。

「はい、完成だ。冷めると美味しさが半減しちゃうから先に食べてて」

そのままだった。映画に出てくるオムライスそのままの姿だ。チキンライスの上にのったぷるぷるふわふわの楕円形のオムレツ。

「葵さん、すごい……たまごが、たまごがこんなにふんわり……!」

感動からだんだんと言葉尻のテンションが上がっていく。

「映画に出てきたそのままだ! 葵さんを待って……あ、でも待つと葵さんが言う通り冷めちゃう、から……お言葉に甘えて先に食べる!」
「ふふ、うん」

葵さんからお皿を受け取ってオムレツを崩さないように慎重にダイニングテーブルに運ぶ。呼吸するのさえ無意識に慎重にしていた。運び方が大げさすぎるんじゃないかって言われても構わない。食べるまで崩してなるものか。
こと、と音を立ててテーブルに置けたときは大きく息を吐き出した。無事に任務を達成したぞ。
スプーンとナイフはすでに用意してある。席について「いただきます」と手を合わせてから、そっとナイフの先をオムレツに入れて、楕円形の端から半分に割っていく。すると切れ目を入れたところからたまごが自然に広がって、ふわん、ぷるん、とチキンライスを覆った。

「お、おぉぉ……!」
「あはは。もう、君のリアクションは面白いね」
「だって感動しちゃって」

スプーンですくった一口分をあむりと食べると、その美味しさからじゅわあっと口の中に幸せが広がる。頭のてっぺんからも幸せ成分が分泌された気がする。身体を縮めて、ぶるぶる震えるように感動していると葵さんがまた声を出して笑った。

「そんなにおいしい?」
「とっても! 毎日食べたいくらい!」
「そんな風に言ってくれると作った甲斐があったよ。君の幸せな反応が見られて俺も幸せだ」

葵さんはそう言って、自分の分のオムライスを作る調理に入る。
私は上機嫌にテンポ良くオムライスを口に入れて、半分ほど食べたところで思ったことを彼に素直に伝えることにした。

「私、ちょっと怖い」
「ん? どうしたの?」
「もう葵さんのお料理から離れられないなって、思った。葵さんのお料理以外まずい! って思っちゃうかもって。それくらい、おいしくて……葵さんはすごいなぁ……」

うん、このオムライスだっておかわりしたいくらいおいしい。
思ったことを伝えている間、ずっとオムライスしか見ていなかったから葵さんが調理の手を止めてることに気づくのが遅れた。
音が聞こえないなって思って彼を見ると、彼はこちらを振り向いたところで、ばっちり視線が交錯する。
黒色の瞳が小さく揺れている。少し驚いたような顔をしていた。口元は何かを言いかけて、そして噤んだ。
ふうっと鼻から息を抜いて柔らかに穏やかに微笑んだ彼は、私の名前を呼ぶ。

「君は、良い子だね」
「ん?」
「あとでたくさん頭を撫でて、良い子良い子ってしてあげるね」
「は、はい?」

どうして良い子って言われたのかわからなくて目をぱちくりさせていると、葵さんは悪戯っぽくウインクをして唇を軽く尖らせた。まるで、ちゅって投げキッス、したみたいに。

「あ、あざとい!」

勢いよく手のひらで目元を覆って天を仰ぐ仕草をしたら、葵さんはおなかを抱えて笑っていた。またツボに入ったな。だってしょうがない。ずるい仕草で攻撃してくる葵さんが悪いんだ。