「まずは何か作ってみろ。話はそれからだ」
アルジェントに言われ、ククーシュカは自分が想像しうる限りのおやつを思い浮かべた。
まだ母親が生きていた頃焼いてくれた、楓のみつに漬けたくるみのケーキ。
目を閉じて、あたたかな記憶を思い起こす。
焼いた日には、台所に一日中あまい香りが漂っていた。
ククーシュカにとって、ケーキは幸せの象徴だった。
ただ残念ながら小さかったため、作り方はわからず味もはっきりと覚えていない。
ふんわりとした食感が残っているだけだ。
働いていたエルフの家では、女中たちがよくデザート用のパイを作っていた。
こちらはなんとなくではあるが工程の想像はできる。
だがレシピや分量が不明でやはり再現は難しい。
しかも上蓋に包まれたドーム状のパイ型だったので、中身もわからない。
とりあえず台所に立ち、苦戦することまる一日。
ようやく翌日、なんとか形らしいものが完成した。
「ふう、出来た……」
いやいやながら取り組んだ挑戦だったが、作り始めると思いのほかのめり込めたのは発見だ。
我ながらやり切った感があり、清々しい気分だった。
テーブルには、小さめの試作パイが三つ並ぶ。
「ほう、見た目はなかなかうまそうに仕上がっているではないか」
「どうぞ、お召し上がりください」
満たされた顔のククーシュカに安心し、アルジェントは一つをぽいと口に入れた。
が──
「──ぶはっ! なんだこれは!」
蒼白な顔で吐き出され、ククーシュカはおろおろとエプロンをにぎった。
「な、何かまずかったですか?」
「まずいんだよ!」
「でも、トリアー神父が好きだとおっしゃっていたので、夕食用に買っておいた材料を」
「カワカマスはドルチェではない!」
パイの具は、クリームであえた魚の切り身だった。
「しかも生煮……オエッ」
「すみません、下準備に不備がありましたか」
「準備の問題か!」
突っ込みどころ満載で、アルジェントは息切れしている。
「なぜだ? 形成はうまくいっていたではないか」
「恐れ入ります」
「ほめてなどおらん! もういやな予感しかせんな」
文句を言いつつも今度は警戒しながら、二つめを確かめる。
割ってみると、中身は褐色の果実のような断面だった。
「……これはなんだ」
「あんずです」
くんと鼻に近づけても妙な匂いはしない。
「あんずか。まああんずならよほどのことでない限り、おかしな味にはならんだろう」
そんなフラグを立てたのが間違いだったのかもしれない。
安易にパイを口にしたアルジェントは、これまでククーシュカが見たことのない微妙な表情になった。
「ど、どうされましたトリアー神父。そんなに口をすぼめて」
大の男が、泣きそうな涙目になっている。
「す──」
「す?」
「──すっぱいわ! あんずに何をした!」
「ええと、塩とレモンに漬けて三日ほど干し」
いわゆる梅干しの派生である。
オチの予想がつき始めたのか、アルジェントはナプキンで口をふき勧告した。
「もういい。これでは売り物にならん。作り直せ」
「待ってください、まだ一つ残っています。せめて、これを試されてから……!」
ククーシュカがアルジェントの僧服をにぎりしめ懇願する。
めずらしく強めに請うてくるククーシュカに、アルジェントは不本意にも動揺し、同時に高揚してしまった。
(ふだん茫漠としているこいつがこんなにやる気に……)
「よし、では見せてみろ」
見たところほかの二つと変わらないふつうのパイだが、これだけ焼きがあまいのか皮の色が少し白い。
「そこまで推すからには、これには売りがあるのだな」
念を押して確認する。
「はい、これは仕上げを実演販売するんです」
「実演?」
「エルフのお祭りでもよく使われる調理の演出なんです」
ククーシュカはうれしそうにいそいそと準備を始めた。
切り出した石の炉に火を点け、パイをおいた鉄のフライパンをセットする。
火が通り出したらソースを投入、あんずのリキュールをかける。
その瞬間ぼっとソースに火が移り、美しい青い炎を上げた。
「出来ました、さあどうぞ!」
皿に移しパイにナイフを入れると、中から赤い実とどろりとした果汁があふれ出す。
だが、出された皿を受け取りもせず、アルジェントは眉間にしわをよせた。
「これは売ることはできん」
「な、なぜですか! おいしく出来ているはずです。一口でも食べ──痛っ」
ククーシュカははたかれた頭をかかえ、驚いてアルジェントを見上げた。
「ここで起きた事件を忘れたのか? 『木いちご』を今使うのはタブーだ。村民にとってはあの事件を忘れるための祭りでもあるのに、客は確実にトラウマになるわ!」
血のようなまっ赤なソースに浸る木いちごのパイ。
それは見方によっては確かにグロテスクでもあり、ククーシュカは間違いに気づきうなだれた。
「だいたいお前の菓子は斜め上過ぎる。味をないがしろにして実演などおこがましい。基本に立ち帰れ。しかも……!」
ゼェゼェとひとしきり文句を吐いた後、しゅんとしたククーシュカを見て、アルジェントは嘆息する。
「……もうよい。まずはお前がうまいと感じる味を作るのだ」
「でもわたしは、その『味』がわからないのです……」
「どういうことだ」
ククーシュカは悄然と、母親のケーキの味を憶えていないこと、下働きに出ていた家では、菓子など食べさせてもらえなかったことを伝えた。
「む……それではお前の中で、近年食べたあまいものとはいったいなんだ?」
「そうですね……花のみつでしょうか。それくらいしか、自由に口にできるものはなかったので──あの、どうされました?」
「なんでもない、パイくずが目に入っただけだ」
アルジェントは妙な理由をつけながら、うるんだ目頭を押さえている。
「それは大変です。見せてください」
「いや、結構」
ククーシュカの手をさっと躱し、アルジェントは立ち上がった。切り替えが早い。
「わたしが思うに、お前は幸薄──いや、もっとうまいものを知る必要がある。味覚のレベルを上げるのだ。幸い、今日は広場に青空市が立っているらしい。市場調査に出向いてみるか」
ククーシュカは買い物に行ったことがない。市というわくわくした響きに期待が湧く。
「このパイはどうしましょう」
「お前が全部食っていいぞ」
素直に喜ぶククーシュカに、
(こいつの舌を早くなんとかせねば)
アルジェントは顔を引きつらせて、出かける準備に取りかかった。
ところがふたりが教会を出たとたん、いきなり数人の男たちにどかどかと出口をふさがれた。
見るからに粗野な集団に、アルジェントは速攻抜剣する。
「なっ、なんだ貴様ら、襲撃か!」
「いや、おれたち親方に頼まれたんだが──」
「あっ、オロスコさんのギルドの──」
ククーシュカは思い出した。
彼は約束通り、弟子たちを捜査の協力のためよこしてくれたのだ。
臨戦態勢からようやく剣をしまったアルジェントは、ククーシュカに財布を投げた。
「そういうわけだ、市へはひとりで行け」
「えっ、そんな……!」
予定はあっさりくつがえされ、ククーシュカは呆然と固まる。
確かに聞き込みはアルジェントの最優先事項であり、出店はククーシュカの私用に近い。
しかし、自分は単独で教会の敷地を出たことがなく、心もとなかった。
(そうだ、クロエを)
「栗毛は絶・対・に誘うなよ」
鋭い目線で釘を刺され、ククーシュカは気まずそうにうなずいた。
広場は通常の店舗に加え、たくさんの露店でにぎわっていた。
おどおどと現地に足を踏み入れたものの、ククーシュカの不安は一瞬でふき飛んだ。
高級な毛織り物、美しい金銀細工など、見るものすべてが新しい。
ククーシュカは、すっかり菓子のことなど忘れて広場をまわった。
味見にともらったパンの欠片は、自分が焼く無味乾燥なものとは違い味わい深く、異国のめずらしい香辛料も香しい。
片言の行商人が色とりどりの薄衣の試着をすすめて来るので、少しだけ手に取って見る。
鍛冶屋が磨きをかけている刀剣は、アルジェントも気になるのではないか。
そんなことを考えながら廻っていると、あっという間に時間が過ぎていった。
突然、一つぶの水滴がぽつんとほおに落ちる。
「──?」
顔をぬぐい見上げた空はみるみる雲におおわれていき、あっという間に雨が広場を統べた。
市の露店は次々と撤収される。
ククーシュカも広場にかまえた店の軒先に走ったが、店主にじろりとにらまれあわてて移動した。
とりあえずは近くの樫の木下に逃げ込み、雨をしのぐ。
だがなかなか雨足は収まらず、葉伝いに落ちる雨つぶがヴェールをぬらした。
(トリアー神父とお買い物するの、ちょっと楽しみにしてたのにな……)
今日は帰ろうと、あきらめて木陰から出ようとしたときである。
ふいに、大きな影にさえぎられた。
「ずぶぬれじゃねえか、お嬢ちゃん」
「──すみません」
「謝ってもらうより、おじさん、ありがとうのほうがうれしいな」
オロスコは、厚手の手ぬぐいを笑いながら放る。
「す……あ、ありがとうございます」
雨やどりで招かれたオロスコの家は、意外にもかわいらしい内装だった。
家中いたるところに花がかざってあり、壁にはお手製であろう刺繍を施したタピストリーが吊るされている。
使い込まれた食器、きちんとたたまれたリネンのクロスを見ると、ていねいな暮らしぶりがうかがえる。
(素敵な奥さまなんだろうな)
そんなことを考えながら室内を見回していると、オロスコがホットミルクを持って来てくれた。
「ところで、どうしてあんな場所で雨やどりしていたんだい」
「実は……」
ククーシュカは、祝祭で菓子の露店を出すこと、そのために青空市を参考にするつもりだったことを話した。
「ふうむ、そりゃ大変だな。だったらどうだい。ウチのカミさん、料理教室持ってるんだが見学してみるかい?」
アルジェントに言われ、ククーシュカは自分が想像しうる限りのおやつを思い浮かべた。
まだ母親が生きていた頃焼いてくれた、楓のみつに漬けたくるみのケーキ。
目を閉じて、あたたかな記憶を思い起こす。
焼いた日には、台所に一日中あまい香りが漂っていた。
ククーシュカにとって、ケーキは幸せの象徴だった。
ただ残念ながら小さかったため、作り方はわからず味もはっきりと覚えていない。
ふんわりとした食感が残っているだけだ。
働いていたエルフの家では、女中たちがよくデザート用のパイを作っていた。
こちらはなんとなくではあるが工程の想像はできる。
だがレシピや分量が不明でやはり再現は難しい。
しかも上蓋に包まれたドーム状のパイ型だったので、中身もわからない。
とりあえず台所に立ち、苦戦することまる一日。
ようやく翌日、なんとか形らしいものが完成した。
「ふう、出来た……」
いやいやながら取り組んだ挑戦だったが、作り始めると思いのほかのめり込めたのは発見だ。
我ながらやり切った感があり、清々しい気分だった。
テーブルには、小さめの試作パイが三つ並ぶ。
「ほう、見た目はなかなかうまそうに仕上がっているではないか」
「どうぞ、お召し上がりください」
満たされた顔のククーシュカに安心し、アルジェントは一つをぽいと口に入れた。
が──
「──ぶはっ! なんだこれは!」
蒼白な顔で吐き出され、ククーシュカはおろおろとエプロンをにぎった。
「な、何かまずかったですか?」
「まずいんだよ!」
「でも、トリアー神父が好きだとおっしゃっていたので、夕食用に買っておいた材料を」
「カワカマスはドルチェではない!」
パイの具は、クリームであえた魚の切り身だった。
「しかも生煮……オエッ」
「すみません、下準備に不備がありましたか」
「準備の問題か!」
突っ込みどころ満載で、アルジェントは息切れしている。
「なぜだ? 形成はうまくいっていたではないか」
「恐れ入ります」
「ほめてなどおらん! もういやな予感しかせんな」
文句を言いつつも今度は警戒しながら、二つめを確かめる。
割ってみると、中身は褐色の果実のような断面だった。
「……これはなんだ」
「あんずです」
くんと鼻に近づけても妙な匂いはしない。
「あんずか。まああんずならよほどのことでない限り、おかしな味にはならんだろう」
そんなフラグを立てたのが間違いだったのかもしれない。
安易にパイを口にしたアルジェントは、これまでククーシュカが見たことのない微妙な表情になった。
「ど、どうされましたトリアー神父。そんなに口をすぼめて」
大の男が、泣きそうな涙目になっている。
「す──」
「す?」
「──すっぱいわ! あんずに何をした!」
「ええと、塩とレモンに漬けて三日ほど干し」
いわゆる梅干しの派生である。
オチの予想がつき始めたのか、アルジェントはナプキンで口をふき勧告した。
「もういい。これでは売り物にならん。作り直せ」
「待ってください、まだ一つ残っています。せめて、これを試されてから……!」
ククーシュカがアルジェントの僧服をにぎりしめ懇願する。
めずらしく強めに請うてくるククーシュカに、アルジェントは不本意にも動揺し、同時に高揚してしまった。
(ふだん茫漠としているこいつがこんなにやる気に……)
「よし、では見せてみろ」
見たところほかの二つと変わらないふつうのパイだが、これだけ焼きがあまいのか皮の色が少し白い。
「そこまで推すからには、これには売りがあるのだな」
念を押して確認する。
「はい、これは仕上げを実演販売するんです」
「実演?」
「エルフのお祭りでもよく使われる調理の演出なんです」
ククーシュカはうれしそうにいそいそと準備を始めた。
切り出した石の炉に火を点け、パイをおいた鉄のフライパンをセットする。
火が通り出したらソースを投入、あんずのリキュールをかける。
その瞬間ぼっとソースに火が移り、美しい青い炎を上げた。
「出来ました、さあどうぞ!」
皿に移しパイにナイフを入れると、中から赤い実とどろりとした果汁があふれ出す。
だが、出された皿を受け取りもせず、アルジェントは眉間にしわをよせた。
「これは売ることはできん」
「な、なぜですか! おいしく出来ているはずです。一口でも食べ──痛っ」
ククーシュカははたかれた頭をかかえ、驚いてアルジェントを見上げた。
「ここで起きた事件を忘れたのか? 『木いちご』を今使うのはタブーだ。村民にとってはあの事件を忘れるための祭りでもあるのに、客は確実にトラウマになるわ!」
血のようなまっ赤なソースに浸る木いちごのパイ。
それは見方によっては確かにグロテスクでもあり、ククーシュカは間違いに気づきうなだれた。
「だいたいお前の菓子は斜め上過ぎる。味をないがしろにして実演などおこがましい。基本に立ち帰れ。しかも……!」
ゼェゼェとひとしきり文句を吐いた後、しゅんとしたククーシュカを見て、アルジェントは嘆息する。
「……もうよい。まずはお前がうまいと感じる味を作るのだ」
「でもわたしは、その『味』がわからないのです……」
「どういうことだ」
ククーシュカは悄然と、母親のケーキの味を憶えていないこと、下働きに出ていた家では、菓子など食べさせてもらえなかったことを伝えた。
「む……それではお前の中で、近年食べたあまいものとはいったいなんだ?」
「そうですね……花のみつでしょうか。それくらいしか、自由に口にできるものはなかったので──あの、どうされました?」
「なんでもない、パイくずが目に入っただけだ」
アルジェントは妙な理由をつけながら、うるんだ目頭を押さえている。
「それは大変です。見せてください」
「いや、結構」
ククーシュカの手をさっと躱し、アルジェントは立ち上がった。切り替えが早い。
「わたしが思うに、お前は幸薄──いや、もっとうまいものを知る必要がある。味覚のレベルを上げるのだ。幸い、今日は広場に青空市が立っているらしい。市場調査に出向いてみるか」
ククーシュカは買い物に行ったことがない。市というわくわくした響きに期待が湧く。
「このパイはどうしましょう」
「お前が全部食っていいぞ」
素直に喜ぶククーシュカに、
(こいつの舌を早くなんとかせねば)
アルジェントは顔を引きつらせて、出かける準備に取りかかった。
ところがふたりが教会を出たとたん、いきなり数人の男たちにどかどかと出口をふさがれた。
見るからに粗野な集団に、アルジェントは速攻抜剣する。
「なっ、なんだ貴様ら、襲撃か!」
「いや、おれたち親方に頼まれたんだが──」
「あっ、オロスコさんのギルドの──」
ククーシュカは思い出した。
彼は約束通り、弟子たちを捜査の協力のためよこしてくれたのだ。
臨戦態勢からようやく剣をしまったアルジェントは、ククーシュカに財布を投げた。
「そういうわけだ、市へはひとりで行け」
「えっ、そんな……!」
予定はあっさりくつがえされ、ククーシュカは呆然と固まる。
確かに聞き込みはアルジェントの最優先事項であり、出店はククーシュカの私用に近い。
しかし、自分は単独で教会の敷地を出たことがなく、心もとなかった。
(そうだ、クロエを)
「栗毛は絶・対・に誘うなよ」
鋭い目線で釘を刺され、ククーシュカは気まずそうにうなずいた。
広場は通常の店舗に加え、たくさんの露店でにぎわっていた。
おどおどと現地に足を踏み入れたものの、ククーシュカの不安は一瞬でふき飛んだ。
高級な毛織り物、美しい金銀細工など、見るものすべてが新しい。
ククーシュカは、すっかり菓子のことなど忘れて広場をまわった。
味見にともらったパンの欠片は、自分が焼く無味乾燥なものとは違い味わい深く、異国のめずらしい香辛料も香しい。
片言の行商人が色とりどりの薄衣の試着をすすめて来るので、少しだけ手に取って見る。
鍛冶屋が磨きをかけている刀剣は、アルジェントも気になるのではないか。
そんなことを考えながら廻っていると、あっという間に時間が過ぎていった。
突然、一つぶの水滴がぽつんとほおに落ちる。
「──?」
顔をぬぐい見上げた空はみるみる雲におおわれていき、あっという間に雨が広場を統べた。
市の露店は次々と撤収される。
ククーシュカも広場にかまえた店の軒先に走ったが、店主にじろりとにらまれあわてて移動した。
とりあえずは近くの樫の木下に逃げ込み、雨をしのぐ。
だがなかなか雨足は収まらず、葉伝いに落ちる雨つぶがヴェールをぬらした。
(トリアー神父とお買い物するの、ちょっと楽しみにしてたのにな……)
今日は帰ろうと、あきらめて木陰から出ようとしたときである。
ふいに、大きな影にさえぎられた。
「ずぶぬれじゃねえか、お嬢ちゃん」
「──すみません」
「謝ってもらうより、おじさん、ありがとうのほうがうれしいな」
オロスコは、厚手の手ぬぐいを笑いながら放る。
「す……あ、ありがとうございます」
雨やどりで招かれたオロスコの家は、意外にもかわいらしい内装だった。
家中いたるところに花がかざってあり、壁にはお手製であろう刺繍を施したタピストリーが吊るされている。
使い込まれた食器、きちんとたたまれたリネンのクロスを見ると、ていねいな暮らしぶりがうかがえる。
(素敵な奥さまなんだろうな)
そんなことを考えながら室内を見回していると、オロスコがホットミルクを持って来てくれた。
「ところで、どうしてあんな場所で雨やどりしていたんだい」
「実は……」
ククーシュカは、祝祭で菓子の露店を出すこと、そのために青空市を参考にするつもりだったことを話した。
「ふうむ、そりゃ大変だな。だったらどうだい。ウチのカミさん、料理教室持ってるんだが見学してみるかい?」