ほめられたのだとわかるまで、少し時間がかかった。
 
 森では貶されることしかなかったし、リリウムはやさしかったが、何かを認めてくれることはなかったからだ。
 
 胸があたたかく煌めく。
 うれしい、と言う感情。
 
 それは形はなかったが、金貨より宝石より輝かしい、ククーシュカにとって初めての報酬だった。

 彼といると、初めてが増えてくる。
(いいことも悪いこともだけど……)
 アルジェントの言葉をひとり反芻していると、突如頓狂な奇声が飛んできた。

「あ、あんたたち……なんてことをしてくれたんだ!」
 役場の例の職員が、あんぐりと口を開けこちらを指さしている。

「これはいったい……」
 親方も同行しており、目を見開いた。
 ふたりとも気になって様子を見に来たのだろう。

「す、すみません、あのこれは……!」
 ククーシュカは必死に謝るが、アルジェントは平然としたものだ。

「安心しろ、無事霊障は収めた。この地も浄化してやったぞ」
「浄化だと? 勝手なことをしおって!」
「勝手ではない。村のじいさんに頼まれたれっきとした仕事だ。すでに金もだな──」
 
 だが僧服(カソック)から出した財布に、今度はアルジェントの目が見開く。
 もらった硬貨は、よく見るとただのコイン型のまるい銅牌だったのだ。

「なっ……どういうことだ?」
 めずらしく動揺するアルジェント。
 ククーシュカも確認したが、わけがわからなかった。

「も、もらったときは確かに金貨でした」
「騙された? ……いやでも最初は!」
「ちょっとそれ、見せてくれ」
 何かに気づいたのか、親方が顔色を変えて銅牌をもぎ取った。
 
 しかし、それどころではない役人は不快げに吐き捨てる。
「おのれ、取り返しのつかんことを! トリアー神父、屋敷を倒壊した責任は取ってもらうぞ!」
「待て」
 食い入るように銅牌を見ていた親方が顔を上げた。

「ここの主人のことだが、妙なうわさを耳にした。生前、あの男は妻に対する束縛が激しかったという。もめて諍いになることもしばしばあったそうだ」
「なるほど、それで殺害に至ったのか」 
 アルジェントが衣装櫃を見返るが、役人は話の行方を訝るばかりだ。
「殺害だと?」

「ここを騒がせていたのは、主人に殺された奥方だ。彼女はあの屋敷で、邪妖精に成り果てた」
 
 告げられた埒外の事実に、役人は声を荒げる。
「だ、だからといって家まで倒壊させるなど!」
「わたしは因縁を()ったまでだ」
「誰に(ことわ)ってそのような……!」

「わかったわかった、屋敷はおれが建て直してやろう」
 尽きない応酬に入って来たのは親方だった。
 
 突然の申し出に、役人は驚きつつももごもごとうなずく。
「そりゃ、また建ててもらえるなら……」
 新築ならば、今度はいつでも大司教を呼べる。

「何を言っている。大工ギルドで建てるんだ、もちろん有償だ」
「なっ……それなら神父が弁償すべきだろう!」

「あの奥方は、何度も夫の暴力を役所に訴えていたと村民から聞いたぞ。お前たちが貴族の権力に追従し、事を放っておいた怠慢が彼女を死なせた原因の一つではないのか」
 
 親方の眼は静かに憤っていた。
 逃げ道のない論破に、役人はぐうの音も出ない。
 
 この件に関与したがらなかったのは、少なからず心当たりと後ろめたさがあったからなのだろう。
 ここでゴリ押しして役所の落ち度などとうわさを立てられても困るのか、彼はしぶしぶ了承しもどって行った。


「──すごいです、親方殿!」
 一連の鮮やかなやり取りに、ククーシュカは目を輝かせた。

「なに、ああいう輩は法の目をくぐるのに慣れている。正面から攻めても無駄だ。こちらもそれなりのカードを用意しておかないとな」
 
 結局ただ働きだったためか、アルジェントはややむすっとしている。
 そんな様子を察してか、親方が驚くべき提案を申し出てきた。

「お前さんにはおれからギャラを払おう」
「なに?」
「それはそうとお嬢ちゃん、依頼主はどんな人物だったか?」
 
 わけがわからずきょとんとしていたククーシュカだったが、唐突に尋ねられ記憶を辿る。
「……ええと、頭巾をかぶった小柄なご老人でした。陽気でからかい上手な方で」
 
 親方はくっと笑いをこらえると、さっきの銅牌と自分のペンダントを並べて見せた。
 ほぼ同じデザインである。

「こっちは、おれのじいさんが肌身離さずつけていたものだ」
「祖父殿? でも……」
 ククーシュカは、はっとした。

「そういうわけだ。亡くなった(ヽヽヽヽヽ)祖父はいたずら好きでな。世話をかけた」

「で、では、ご自分が建てられたお屋敷だから亡くなってまで依頼を? わたしたちとんでもないことを……!」
 蒼白になるククーシュカだが、アルジェントは片手で耳をほじりながら相変わらず横柄な態度だ。

「どんな方法でもいいと言ったんだろう、気にするな。そもそもそのじいさん、おそらく怪異の正体がわかっていて頼んできたのではないか。まわりくどいんだよ、初めから言ってくれればもっとスムーズに祓えたものを」 
 
 不躾なもの言いに親方が怒り出すのではとククーシュカはひやひやしたが、彼は遠慮がちに苦笑しただけだった。

「すまなかったなあ。祖父は試したのだろうな、お前たちの退魔の能力を。依頼したのも、自分が建てた屋敷が穢れていくのが忍びなかっただけだ。仕事に誇りは持っていたが、家屋に縛られる性分ではなかった。あんたと似ているのかもな」

 ナチュラルにやり込められたようで、アルジェントは不満げに半目でよそを向く。
 だが神父の扱いをふくめ、ククーシュカは素直に感嘆した。

「親方殿……」
「お嬢ちゃん、おれはオロスコっていうんだ。次からはそう呼んでくれ」
 
 そう言うと、彼は豪快に笑った。銅牌をかかげるようにながめ、また笑う。
 その目尻には光るものがあり、アルジェントはもう何も言わなかった。