松隆くんが丸々? 物理の話? 全く意味が分からずに首を傾げる。
「昔は大人しかったんだよ、総くん。物静かで、部屋の隅で本ばっかり読んでるような子だった」
「……あれが?」
王子様のふりした暴君王様が?
「あぁ。栄一が出かけるときだけ後ろついてくるようなだった。人見知りで中々懐いてくれなかったけどなぁ、懐けばすぐに寄ってきて可愛いもんだったよ」
あれが……? 松隆くんが他人に懐いてる様子なんて想像もできない。甘えてるといえば、せいぜい桐椰くんくらいだけど、どちらかというと我儘を言っても許してもらえるという意味の“甘えてる”で、そんなに可愛げのあるものじゃない。
「やっぱ中学で反抗期入ったせいかなぁー。小学校の途中から今の片鱗はあったけど……」
「反抗期に入った原因は?」
「うちの弟が反抗期に入ったせいじゃね。一緒にはじけちゃったんだろ」
「桐椰くんの反抗期……?」
「父親が丁度いなくなったからさ」
あの桐椰くんに反抗期なんて、と目一杯変な顔をしてみたけれど、その理由を聞いて、口にしようとした言葉を飲み込んだ。
「まだ遼が小学生か中学生だったからなぁ。顔に出てる以上に堪えたんだろ」
「……それで、結局お父さんは……」
「……さぁ。もう少しで死んじゃうんじゃないかな」
口籠った甲斐なく、彼方の横顔には翳りが差したし、その台詞の意味もよく分からなかった。
「少なくとも言えるのは、身近で人がいなくなるっていうのは、あんまいいことじゃねーなってことだな」
続いた台詞の意図も、分からないまま。
「で、マドラーだっけ?」
するりと話題を変えられ、慌てて彼方が示す先を見た。キッチン雑貨のお店で、グラスの中にガラス製のマドラーが入っている。マドラーの先端に動物がついていて、その動物の色に合わせたビーズが棒の部分に入っていた。
「あ、普通に可愛い」
「俺のセンスが疑われてた……?」
「や、そうじゃなくて、鹿島くんにあげるには可愛すぎるなぁって」