それでもいい、と言ったあの日以来、明貴人は、たまに、私を抱く。私がせがむまでもなく、なんとなく気が向いたとでもいうように、たまに。
それが、明貴人にとって、なんとなく寂しくなった、という日だということは、察していた。
だから、今日抱かれるのかな、なんてことは、ちょっとだけ分かる。今日は、そういう日だ。ベランダで煙草を吸った後の明貴人は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一口飲んでから、それを机に置いて、私の前に座り込む。
そのまま、唇が触れようとしたときだ。
ブーッ、と、机の上のスマホが鳴り始める。明貴人のスマホだ。明貴人はパチリと目を開き、机の上を見た。
次いで、顔をしかめる。今まで、そんな表情、見たことがなかったのに。
だから私も素早く机の上を見た。表示されている名前は『桜坂亜季』──どう見たって、女だ。
まさか、今、電話に出るのか。おそるおそる明貴人の様子を見るまでもなく、明貴人は、スマホを手に取った。
「もしもし」
「《……鹿島くん……》」
しかも、相手の女は泣きじゃくっていた。なに。何者なんだ、相手の女は。
「……急になんだ」
そんな迷惑そうな声、私は出されことがない。
「《……寂しい……》」
「俺に関係が?」
そんな冷たい返事、私はされたことがない。
「《……もうちょっと優しくしてくれてもよくないですか》」
「相手を間違ってるだろ。彼氏にしろ」
そんな乱暴な態度、私はとられたことがない。
「《……さっき、別れた》」
「……ああそう」
いや──明貴人が電話口を押さえながら「悪い、今日は帰ってくれ」と言いながら手を振った──今しがた、酷い態度をとられた。