確かに、もう終わっていいのかもしれない。幕張匠としてしたことは消えない、そう思っていたとおり、最後の最後に幕張匠として足を(すく)われた。鶴羽のことを因果応報だとか自業自得だとか詰ったけど、結局、私だって同じことだ。

 私だって、自分のしてきたことが返ってきただけだ。

 納得がいかないことがあるとすれば、これが松隆くんと桐椰くんへの意趣返しだということだけだ。

 死ぬなら、ただ死にたかった。


「……鹿島くんと鶴羽くんの、復讐劇の結末か」


 鶴羽の手が──多分私を突き落とすために──私に向かってくる。それはまるでスローモーションのようにゆっくりに見えた。


「この死に方は、予想外だったなぁ」


 ──それが、ぴたりと止まった。

 時間が止まったのかと思った。ぼんやりと鶴羽くんの腕を見つめて、いつまでも動かないこと──いや、小刻みに震えていること──に気が付いたときに、はっと我に返った。

 鶴羽くんの腕は、鹿島くんに掴まれていた。想定外の邪魔者に、鶴羽くんが鹿島くんを睨んだ。


「……なんだよ、明貴人」

「……もう終わりにしようって言っただろ、樹」


 いつもどおりの、淡々とした口調だった。


「は? なにがだよ」


 鹿島くんの静かな声とは裏腹に、鶴羽くんの声が怒りか苛立ちかで震えていた。


「もういい加減、終わりにしよう。海咲は返ってこないんだから」

「は? そんなの最初っから分かってんだろ!」


 鶴羽くんは、鹿島くんに掴まれた腕を乱暴に振り払い、今度は鹿島くんの胸倉を両手で掴んだ。ナイフの刃先が頬を掠めそうになったのにもかかわらず、鹿島くんは、瞬き一つせず、眼鏡の奥から、無感情に鶴羽くんを見つめ返している。


「情が移ったかなんだか知らねぇけど、今更なんだよ。お前だって分かってんだろ、コイツらさえいなければ──」

「そんなことない。お前だって聞いてただろ。あの手術のタイミングで、もう海咲の体力がもたないんじゃないかって話だった。どうせ助からなかった」

「んなことは関係ないって何回も話しただろ!」


 鶴羽が突き飛ばすように鹿島くんを離し、その拍子にナイフが鹿島くんの顔を切り裂いた。鹿島くんの体が少し仰け反り、飛ぶように鮮血が散る。ハッと息を飲む間もなく、鹿島くんの血を僅かに帯びた刃先が私の方向に突き出された。