応接室では、支配人が平身(へいしん)低頭(ていとう)して松隆くんと松隆くんのお父さんに謝罪していた。松隆くんのお父さんは笑って手を振っていたけれど、ホテル側としてもクリーニング代も払わずお詫びもせずというわけにはいかないんだろう。相手が松隆くんのお父さんとなれば尚更だ。

 でも松隆くんのお父さんは気にした素振りはないし、松隆くん自身もあまり興味はなさそうにしていた。


「聞けば、息子がそちらのお嬢さんに失礼なことをしたようですし」


 なんなら松隆くんのお父さんはその有様だ。自分の息子に、しかもお見合い中に頭から水をかけておいてそう言えるの、素直にすごいな。野次馬な私達は応接室の隅っこに座りながらただ「へぇー」と話を聞くしかできない。

 そして松隆くんのお父さんがクリーニング代やらなにやらを受け取らないまま、別の従業員がやってきて「大変お待たせいたしました」と松隆くんに声をかけにきた。多分、着替え用の部屋を用意したという話だろう。さすがに水に濡れたままだと寒いのか、それに関しては松隆くんはすぐに頷いた。


「お言葉に甘えて。すぐに戻りますから」


 そして、出て生き様、私達を睨んだ。桐椰くんと月影くんはしらーっと明後日の方向へ視線を向けるが、私と鳥澤くんは蛇に睨まれた蛙だった。ごめんなさい。


「さて、君達はどうしたのかな?」


 クリーニング代やらなにやらの遣り取りを終え、支配人が出て行った後、私達を振り返る松隆くんのお父さんに、今度は揃って視線を逸らす。たまたまケーキを食べに来ました、なんて白々しくいうわけにはいかない。


「どこから今日の話聞きつけたの? 松隆くん?」


 あなたの執事です、なんて口が裂けてもいえない。


「あ、そうだ、お父さん、みんな学校の同級生。右から二人は松隆くんの幼馴染ね」

「ああ、よく話に出てくる二人か」


 ふーちゃんのお父さんは、見た通りの穏やかな人だった。とても松隆グループの一角を占める証券会社の取締役には見えない。なんていうと失礼に聞こえるかもしれないけれど、それくらいおっとりとした喋り方の人だった。近くで見ても、やはりふーちゃんには似ていない。