ふいと、そのまま松隆くんは顔を背けた。その拍子に何かを隠すように、長い睫毛が軽く上下した。続きを促したくてじっと見つめるのに、その目がこちらを向くことさえない。兄弟のことで私に聞くとすれば、いまの兄妹のことだろうけれど、松隆くんに接点があるとは思えないし、優実のことを桐椰くんの前なら口にしようとさえするはずがない。だったら、あとはもう匠のことくらいだけれど、それこそ松隆くんが知っているはずが……。
でも、もし、知っているとしたら。そう思うだけで身震いしてしまった。お陰で問いただす勇気は出なかった。
それから歩くこと十分弱、心斎橋筋までやってきた。名前だけは聞いたことがある気がしていたけれど、どうやら商店街がずっと続いているらしい。商店街といっても、昔ながらの八百屋や駄菓子屋が入っているようなものではなくて、服飾店とかカフェが雑多に並んでいる道だ。因みにお店と同じくらいごった返す人混みからは日本語よりも中国語のほうがよく聞こえる。さすが大阪、観光客が多い。
お互いの声が聞こえなくなるほどの雑踏に入れば、松隆くんは少しだけ顔をしかめてマフラーに口元を埋めた。
「どうしたの?」
「風邪ひきそう」
「松隆くん温室育ち人混みばっちぃって感じだもんね」
「久しぶりだね、そのネタ。怒るよ」
マフラーの下からくぐもった冷ややかな声が聞こえる。ひょいと桐椰くんを盾にするように歩く位置を変えた。
「パブロ向かってるけど、どっか入りたいところあれば言えよ」
「はーい」
「かの有名なお菓子メーカーの屋外広告はここじゃないのか」
「……あぁ、道頓堀のあれな」
桐椰くんが一瞬考え込んだのは、どんなに有名な看板とはいえ“屋外広告”なんて言い方をされると結びつかなかったからだろう。
ただ、月影くんのいう看板は私も見たい。大阪といえばあの看板といっても過言ではないくらいにはすぐに思い浮かぶ。
「道頓堀はもう少し先。確かパブロのほうが手前にあると思う」
「別に急いで見なきゃいけないものでもないし、ケーキ食べてからでいいんじゃない?」
「そうだな」
でも、もし、知っているとしたら。そう思うだけで身震いしてしまった。お陰で問いただす勇気は出なかった。
それから歩くこと十分弱、心斎橋筋までやってきた。名前だけは聞いたことがある気がしていたけれど、どうやら商店街がずっと続いているらしい。商店街といっても、昔ながらの八百屋や駄菓子屋が入っているようなものではなくて、服飾店とかカフェが雑多に並んでいる道だ。因みにお店と同じくらいごった返す人混みからは日本語よりも中国語のほうがよく聞こえる。さすが大阪、観光客が多い。
お互いの声が聞こえなくなるほどの雑踏に入れば、松隆くんは少しだけ顔をしかめてマフラーに口元を埋めた。
「どうしたの?」
「風邪ひきそう」
「松隆くん温室育ち人混みばっちぃって感じだもんね」
「久しぶりだね、そのネタ。怒るよ」
マフラーの下からくぐもった冷ややかな声が聞こえる。ひょいと桐椰くんを盾にするように歩く位置を変えた。
「パブロ向かってるけど、どっか入りたいところあれば言えよ」
「はーい」
「かの有名なお菓子メーカーの屋外広告はここじゃないのか」
「……あぁ、道頓堀のあれな」
桐椰くんが一瞬考え込んだのは、どんなに有名な看板とはいえ“屋外広告”なんて言い方をされると結びつかなかったからだろう。
ただ、月影くんのいう看板は私も見たい。大阪といえばあの看板といっても過言ではないくらいにはすぐに思い浮かぶ。
「道頓堀はもう少し先。確かパブロのほうが手前にあると思う」
「別に急いで見なきゃいけないものでもないし、ケーキ食べてからでいいんじゃない?」
「そうだな」