桐椰くんだけ先に帰って、松隆くんと二人でレストランに向かった後、一人じゃなくてよかったと、心底思った。


「……入りにくい」

「何言ってんの、ただのビルだよ」


 煌びやかな建物が並んでいるせいでどこから入ればいいのか分からなかったし、エレベーターに乗った後もお店がどこにあるのか分からず硬直する始末。


「十八時に松隆で予約してます」

「松隆様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 しかも案内されたのは半個室のような、他のテーブルとは少し離れたテーブルだった。部屋 (空間と呼ぶべきか)の隅に荷物を置けるようになっている。松隆くんは慣れた顔だけど、私は緊張で腰が抜けそうだった。


「え、私、どこに座ればいい……んですか?」

「……花の見える位置が主賓の方の席となっておりますが、本日はどのような会食でしょう?」

「桜坂、そっちね」

「う、えぇ?」


 松隆くんに質問しようとして店員さん (なんて庶民な呼称でいいのかもわからない)に質問した結果、結局どこに座ればいいか分からず、松隆くんに指示される始末 (挙句主賓扱いだ)。しかも座るときは滑らかに椅子を引いてもらったし、謎の高級そうなクッションも貰った。なんだこれ。


「お父さん、まだ来てないね」

「そう……ですね……」


 目の前で私と違って自然にコートを預ける松隆くんとの世界の違いを確信した。この人はおかしい。


「そんなに緊張しなくても。あ、俺達どうせ未成年で飲めないんだから、ネットの平均予算より安いと思うよ? だから気遣わないで」

「そこじゃないよ! 私が怯えてるのはそんなことじゃない! しかも別に安くない……!」


 飄々とした松隆くんの隣で私一人が大パニック状態だ。こんなお店、もう一生来ない気がする。ていうか、松隆くんと付き合うとこんな世界に足を踏み入れる羽目になるんだと思うと、付き合ってなくてよかった。松隆くんには絶対言えないけど。


「すまないね、待たせて」


 そして──ドクンと、心臓が跳ねる。

 大きくないのに、朗々と響いて聞こえる声。額にかからないように掻き揚げられた黒髪。優しそうで、若々しい目。背が高く、弱々しさからは程遠い体格。想像する年齢よりずっと若く見える、俳優みたいに顔の整っていて──少しだけ鉤鼻の男性。