母子だけで住んでいた部屋に、同年代の男子がいるのは新鮮だった。でも、それだけだった。お互いに“どうやら親同士が知り合いらしい”という情報しかなく、探り探りの上辺だけの会話をして、ぎこちない感じでその日はお開きになった。
ただ、その人のお父さんが、度々お菓子を持ってきてくれた。正確にはお父さんの代わりに、その人が。三度目にもなると「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫です」と言うようになったけれど、「多分、お菓子を口実に様子を見に行ってほしいんだと思います。父にとって大事な友人だったみたいなので」と言われれば、強く断ることはできなかった。結果的に、その人と過ごす時間が多くなって、空白をその人に埋めてもらった気がした。
「初めまして。桜坂拓実と申します。桜坂孝実の父です」
彼の父親本人に会ったのは、いつだっただろう。
「本当に、すまなかった」
謝られて、どう反応すればいいのか分からなかったことを覚えている。
「本当に──本当に、すまなかった。せめて、養子として、引き取らせてほしい。妻は私が説得する。この通りだ」
大の大人に頭を下げられて、どうしようもない気持ちになった。
「生まれてから何年も──ずっと何も言わずにいて、都合が良すぎると言いたいのは分かる。君からの言葉は、どんなものも、甘んじて受け入れる。だからというわけでもないが、どうか、せめてこれからは、娘として、育てさせてほしい」
その後、すぐだった。
「ごめん、亜季。別れよう」
彼が別れを切り出したのは。
「俺は亜季と──知らなかったとはいえ、半分血が繋がってる亜季とは、付き合えない。ごめん」
血が繋がってると付き合えない理由が、世間体なのか倫理観なのか遺伝子なのか、それを問いただしたことは、ない。