でもふーちゃんの名前を出しただけで阿鼻叫喚の図になったわけでもないし、きっとふーちゃんには詰め寄った人は松隆くんほどじゃなかったんだろう。そんな呑気な気分で図書室へ向かうと――自分の見通しが甘かったことに気が付いた。


「本当に、本当に付き合ってないの?」

「本当だってばー。あの王子様がほいほいとお見合いするわけないじゃーん」


 図書室の扉が開放され、大きな長机についたふーちゃんの前に五、六人の女子が詰めかけていた。図書室なのにまるでプチ謝罪会見場みたいになっている。どう割り込むべきかわからず、おろおろと扉の前に立ち尽くしてしまった。


「でも私の友達、松隆くんとお見合いしたことあるらしいけど? まぁフラれたらしいけど!」

「あー、ね、あの王子様、時々お見合いさせられてるよねー。あれはきっとお父様のお付き合い的な意味もあるんじゃないかなー」

「話を逸らさないで。じゃあ薄野さんはお見合いもしてないの?」

「してないってばー。多分それ、同級生だからさせたら丁度いいんじゃないですかくらいのニュアンスだよー」


 にこにこしながらのらりくらりと(かわ)す様子は松隆くんを彷彿(ほうふつ)とさせる。この手の人達は内心を見せないことに()けているのだろうか。


「じゃあお見合いの話が来てるのは否定しないってこと?」

「そういうことじゃないよー、もー、それは飛躍しすぎだよ……」


 でも物理的に詰めてくる子達に対する疲れは見える。割って入るべきか見守るに留まるべきか、なんだかこの間の鹿島くんと桐椰くんの話を盗み聞きしてる時と同じ葛藤に(さいな)まれている気がする――。

 が、今回は状況が違ったようだ。


「いい加減、静かにしてくれないか」


 不意にピシャリとした諫言(かんげん)が飛んできた。ゲッ、と縮こまったのは廊下から様子を伺っていた私だけではない。ふーちゃんに詰め寄っていた女子五人の顔が本棚の間に向いている。どうやら月影くんは彼女達の死角にいたらしい。


「月影くん……いつから……」

「図書室は読書をする場所だと小学校で学ぶはずだがな。義務教育も経ていない馬鹿が高校にいるとはどういうことなのだろうな」


 あぁ、イライラしてる……。声だけで伝わってくる苛立ちが空気も痛くする。