「珍しいね、ぼーっとしてるの。何か、考え事でもしてたの?」
「まぁな」
躊躇いのない返事が、反って裏を疑わせる。
「考え事って?」
「無差別にしろ目的があるにしろ、襲われたのが榊なのは何でだったんだろうな、と思ってさ」
嘘だ。白銀は「まぁ、それは気になるよな……」なんて素直に納得しているけれど、その程度の考え事で雪が上の空になるはずがない。
「無差別に襲うにしても、榊だろ? 顔は知ってるヤツも多いはずだ、榊を一人でやれるくらいの腕があるなら麒麟の中でも上位だろうしな。それにしては、狙うには中途半端だ。榊は幹部じゃない」
「麒麟は青龍の幹部を知ってるのか?」
「……言われてみれば、どうだろうな。寧ろ、知らないとしたら、榊を幹部もしくは幹部候補だと思って狙った可能性はある」
「だとしたら、やっぱり幹部連中は特に注意したほうがいいだろうな。つか、こっちも麒麟の中身を知らねぇってのはやっぱ問題だな。動きが読めない」
「潜入はさすがに危険だしな。人質にとるくらい、アイツらならやってくる」
「後手に回るしかないってことか……」
──あまりにも中身のない、作戦会議。白銀は気付かずに相槌を打っている。その様子を見ていると、どうしても雪に対する不信感が募る。
「ま、だからお前も気を付けろよ。じゃあな」
「あぁ」
立ち止まってまでするほどの会話だっただろうか? なぜ雪に限ってこんな時間を作ったのだろうか? 白銀は本当に何も気づいていないのだろうか?
「どうした、璟華」
私の不審な心に気付いていたんだろう。腹に一物抱えているという表現がぴったりの笑みが見下ろしてきた。
「……別に」
「大丈夫、朝も帰りも俺がいる だろ。璟華は麒麟に襲われやしねーよ」
「そうじゃなくて……」
口籠った私に、一瞬、雪が息を止める気配がした。
「心配?」
──不意に、大きな左手が、肩を丸ごと包み込んだ。
はっとして見上げた先に、雪の顔があった。
「……そんなんじゃない」
「じゃあ何?」
左手だけで体の向きを変えられてしまうほどの力の差。近づいた顔に、ゾッと身体が震えるのを感じた。
「璟華、もしかして……」
何かを言いかけて──その口は閉じた。
一緒に手も離れた。
「帰るか」
そして、何事もなかったかのように身を翻す。
その背中をゆっくりと見つめていると、雪が振り返る。
「……大丈夫。もう触んないよ」
だから、守らなくて大丈夫だよ──そう目だけで言われた気がして、自分で自分の体を抱きしめていたことに気付いた。
ゆっくりと手を離そうとして、どうしても剥がれない右手を見た。
右手は、まだ震えていた。