打って変わって冷たい声が、その名を呼んだ。

 そのトーンは、どう考えてもただの呟きではなく、明確に雪を呼んでいた。


「……なんだ?」


 憮然(ぶぜん)とした態度に、榊の目はいよいよ冷たくなる。そっと、私はひとりで後ずさった。


「哲久が相棒っていってるから、哲久の前では黙ってやった。でも覚悟してろよ」


 確信めいた声と共に、挑むような睨みが向けられる。


「もし、麒麟の襲撃がお前のせいなら、俺は容赦なくお前をぶっ殺す。青龍にいられると思うな」


 躊躇ない脅しは──雪には効かなかった。どころか、ふ、と嘲りにも近い笑みを浮かべ、その瞳を怪しく光らせる。


「肝に銘じとくよ」

「……もし麒麟がお前を狙ってるなら、氷洞が真っ先に人質になるんだからな。それが分かったら──」

「璟華を危険に晒すようなことはしない」


 静かで落ち着いた声。それなのに、雪の瞳の色の深さが、その口の誓いを、嘘か本当かいつも分からなくさせる。


「だから、ご心配なく。折角病院まで送ってもらったんだ、養生しろよ」


 煽るような台詞に榊が舌打ちで返す前に、雪が踵を返した。そのフォローのために「榊、お大事にね」と口ではいいながら、手で小さくごめんねを作ってみせた。

 榊は視線を窓の外に向けただけで、何も答えなかった。

 病室を出ると、白銀が珍しく真剣な表情で壁にもたれていた。廊下を歩く患者さんがその銀髪に心配な目を向けるし、ナースさんは(一瞬顔面偏差値に惹かれるも)見ているのを気付かれないように足早に通り過ぎるし、なんだか立っているだけで公害のような男にしか見えない。


「……何してるの、白銀」

「お前らを待ってたんだよ!」


 うっかり冷ややかな目を向けてしまったらしく、白銀は分かりやすく憤慨を表情に出した。雪は素知らぬふりして帰ろうとするのでその後を追いかけると「なんで待ってたのに置いていくんだよ!」とやっぱり憤慨された。